「もう一回聞くけど、本当にいいわけ?」
 ロザリーはそう聞いてきた。
「それ、何回目? もう耳たこ」
 彼からもらった口紅をつけながら、私は答える。
「何回だって聞くわよ。正気とは思えないわよ、あんた。長を、殺そうとしているなんてっ!」

 使い魔の非難の篭った怒鳴り声に、少し嗤って、それから赤い唇の前で人差し指を立ててみせる。
「静かに、上総が起きちゃうわ」
「そうよ、上総のことだって、どうするの? どう転んだって、実行したらもう上総を育てることは出来ないわよ?」
「……そうね」
 本当は、それだけが気がかりだ。上総のため、なんてそんな押し付けがましいことをいうつもりはない。上総のためだといって、本当は自分のためにやるんだから。このままの状態でいけば、起こるであろう未来のわずらわしいやりとりから逃げたいから。
 きっと、本当は、それだけの理由。
「かわいそうなこと、しちゃうわね」
 でも、
「卑怯な言い方をするならね、こうすることがやっぱり現状では一番いいと思うの。この子のためにも、私のためにも、相模のためにも」
 ロザリーは何も言わない。
 彼女だってわかっているのだ。上総の父親がだれで、そのことがどういうことを意味するのかも、このままじゃ、誰も倖せになれないことも。
「上総のことは確かに心配だけど、相模になら安心して預けられるわ」
「そうでしょうね」
 どこか憮然とした調子でロザリーが答えた。その調子にあきれて笑う。
「貴方は、本当に、相模が嫌いなのね」
「そうよ、悪い? 長としては確かに尊敬するけれども」
 そこで彼女は言葉を切り、緑の目でこちらをじっとみてきた。
「主の恋人としては最低だわ。梓は本当、男を見る目がないのね」
「辛辣ね」
 まぁ、そうかもしれない。苦笑しながら私はロザリーを抱き上げる。
「ロザリーには、申し訳ないこと、しちゃうわね。貴方まで巻き込んで、ごめんなさいね」
「……何を言っているの? 使い魔が主に従うのは当然のことでしょう? 命令です、ぐらいいいなさい」
 ふんっとあきれた調子でロザリーはそう答える。
「そうね、例えば、君に拒否権は無いんだよ、とか?」
 彼の口癖を行使してみると、ロザリーは不機嫌そうに鼻をならし、それでも、頭をたれた。

「それじゃぁ、行きましょうか」
 いつもの黒いドレスを着て、でも今日は上総を抱いて、私はそう言った。
 にゃん、と足元でロザリーが鳴いた。
 腕の中の上総の頬に、祝福のキスをして、私は、

 ドアを開け放った。