「世知辛い世の中ねぇ」
「そうですね」
 頬杖をついた状態で呟く円に、翔も割合真摯な気持ちで言葉を返した。
「また、殺人事件だって。なんていうか、もうめちゃめちゃよねぇ、日本って」
「かもしれませんね、まぁ、今に始まったことじゃないと思いますよ」
 円が見ている新聞を横から見ながら翔が相槌をうつ。
「どうして人って簡単に死んじゃうのかしらね。たった一度、頭を殴られたぐらいでね」
「進化することに必死になったあまり、退化したからじゃないですか? 道具を手に入れた代わりに、肉体的機能は退化した」
「面白いこというわね」
「お褒めに預かり光栄です」
「……っていうかさぁ」
 そんな二人の会話を黙ってみていた沙耶が、遂に痺れを切らして呟いた。
「現実逃避してないで、さっさと現場に行ったらどうなのよ?」
 そういうと、円は露骨に不愉快そうな顔をする。翔はいつも通りの無表情ともいえる顔で、何を考えているのかわかりにくい。しかし、よく見てみると眉間にしわがよっている。
「仮にも一応とりあえず、次期宗主が二人揃ってそんなんで大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないと思うなぁ」
「そうですね」
 皮肉ってみても、軽く返される。この二人をどうにかしてくれと、沙耶は天を仰いだ。不幸にも今、ここにいるのはこの二人と沙耶しか居ない。
「円姉がね、仕事をサボりたがるのはわかるのよ。勿論、それが形だけのことで、サボるなんていう度胸が円姉にあるわけがないこともね」
 言うと円は不愉快そうな顔をした。図星だから言い返せない。
「でも、翔君が嫌がるなんて」
 生真面目で堅物の代名詞みたいな彼を見ながらいう。まぁ、確かに昔に比べて生真面目で堅物な印象は薄れてきたが。
 そしてそれはとてもいいことだとは、思う。
 思うが、なんだか彼が段々円に似てきた気がして怖いのだ。大雑把なところとか、こじつけとはったりで切り抜けるところとか、特に。
「嫌ですよ」
「ねー?」
「そもそも、どうしてこんな依頼が、一海と巽とで合同で扱うのかがわかりません」
「まったくだわ。こんな依頼、誰か一人で十分だろうに」
 何故か妙な具合に意気投合する二人。
「……宗主にも何か考えがあるんじゃない? 諦めなさいよ」
 多分、一人だとさぼるだろうから、合同捜査という形をとれば、お互いに気を使って真面目にやるだろうと思ったのだろう。
 あの人は、あまりやる気のない自分の娘のことをよくわかっているから。
 なんて一海の宗主、自分の養父のような存在のことを思う。それだとしたら、企画倒れだったけど。
「あんたもいやじゃないの? こんな依頼」
「確かに嫌よ、でも」
 そして、沙耶は腰に両手をあてて、大真面目に言い切った。
「誰かがやらなければならない仕事だもの。そして、誰かが嫌がる仕事をこなしてこそ、本当の長って言えるんじゃないかしら?」

「あの子、なかなか強かになったわよね」
「そうですね」
 放り出されるようにして事務所を追い出された二人は歩きながら言う。
「別に、本当の長とかにならなくていいんだけどなぁ」
「同感です。そもそも宗主とかいう立場自体向いていないんですよ」
 そして二人は今日の依頼を思う。
 駅前の噴水の前。恋人達の待ち合わせのメッカであり、同時に別れ話のメッカでもあるというその場所で、遅刻やふられたことによる黒い感情が元になった物の怪が悪戯するというその場所に、その物の怪を祓うという極めてしょうもない仕事をしに、二人は向かう。
「なんで私たちが他人の恋愛の尻拭いしなければならないのかしら?」
「仕事だから、でしょうね」
 そして二人は同時にため息をついた。