壁に寄りかかりすわり、煙を吐き出す。その動作の繰り返し。灰皿につまれた吸殻。
「何を、したいんだ?」
 見るに耐えなくなって、鴉は男にそう声をかけた。
「ああ、小次郎」
「や、そんな寝ぼけた返答は要らないから」
 鴉はそうつっこむと、男の正面に回り問い掛ける。
「何が、したいんだ?」
 問う。
「いや、別に……」
 別にってことはないだろう。鴉はそう思いながら男を見る。
 いつも機嫌悪そうな男だが、こうやっていると更に機嫌が悪そうに見える。あと、ちょっと黄昏ている気も……。
「……似合わないし」
 ぼそりと鴉が呟いた。
 聞いていない様子で男は煙草を消費する作業に専念する。
 大体、適当っていうか大雑把っていうか、典型的O型男がこうアンニュイな気分になっていうるなんて怖すぎる。朝からずっとこうで、お昼過ぎになってもその場を動こうとしないから、流石に心配になってきた。
 思わず微妙に距離をとり、鴉は男を観察する。こんな状態、一年に一度あるかないかで……、
「ああ、そっか」
 カレンダーを見て、あることを確認すると、鴉はその場を離れた。
「まぁ、せいぜい黄昏ていろ。女々しい、と俺は思うがな」
 そう、言葉を残して。

 残された男は、新しい煙草に火をつける。
「降りそうだな」
 曇り空を眺めてぽつりと呟く。
 あの日もこんな感じで、雨が降りそうだと思いながら外を見ていた。
 夕方受けた知らせは、信じることが出来なかった。彼女が死んだということ。それ自体は驚くべきことではない。
 何故ならば、彼女は普通の人間だったからだ。
 だが、まさか、あの忠実で優秀な魔女である彼女が長に刃向おうとしたことは信じられなかった。
 そして、あの男は、いつもと同じ笑みを浮かべてそのことを告げた。
 一発殴った。多分、あれは避けようと思えば避けられただろう。あの男にしてみれば、殴られてやった、ということなのだろう。
 哀しいとかよりも腹ただしかった。
 何故、彼女が長に刃向うことになったのか。
 何故、あの男は微笑んでいたのか。
 何故、あの男は彼女の娘をこちらに預けたのか。
 何故、あの男がこちらの叱責を受け入れたのか。
 疑問だけが残って、そして答えのかけらすら与えられない。のけ者にされている気がした。今も、している。
 疑問が解けることはこれからもないだろう。
 そして、それがあるから自分は素直に彼女の死を悼めない。
「まったく……、煙が眼に染みる」
 ぼやいて目元を軽くこすった。

 何本目かわからない煙草を、灰皿に押し付けて、立ち上がった。
「……もういいのか?」
 奥でテレビを見ていた鴉が声をかけてきた。
「ああ、すまない」
「いや、お前がそうやって落ち込むのは知ってるから。……年に一回、今日だけは、な」
 不愉快そうに鴉はそう言った。
「上総を連れて、墓参りに行こうか」
「わかった」
 鴉は頷くと、玄関に向かって歩いていく男のあとを追った。