当たって砕けろ! と人はいう。
 でも、砕けさせたくない、そう思った壁は、どうやって受け止めればいいんだろう。

「もう、付き合っちゃえばいいじゃん」
 二人暮らしのリビングで、TVの音をBGMに円はあっけらかんと言った。
「嫌い、ってわけじゃないんでしょ? 何が嫌なの?」
「うーん」
 沙耶はテーブルの上においた両腕に顔を埋めるようにしながら
「強いて言うなら、顔?」
 あんまり好みじゃない、と付け足された言葉に
「あんたも、対外酷いわよね」
 あきれたように、それでも少し楽しそうに円は答えた。
「どんな子なのよ、その子」
「なんかー」
 沙耶は呟いて、最近やたらと構ってきてあまつさえ「好きだから!」とかいい放った男子生徒の顔を思い浮かべる。
「すっごい明るい茶髪で、ちゃらちゃらしてて、クラス違うからよくわかんないけど、なんかバスケ部のエース?」
「あら、いいじゃない、スポーツマン」
「なにが」
 ふくれっつらをする沙耶を楽しそうに眺め、
「動かない男よりはよっぽどいいわよ」
「なんか、私怨はいってない?」
 微妙な言葉の棘に、小さくつっこんでみるが、円の笑みに流された。
「だって、よくわかんないけどちぃちゃんが言うには」
「ああ、あの幽霊の子ね」
「うん。すっごく人気なんだって、女の子に。かっこいいって」
「へー、じゃあいいじゃん、光栄じゃん」
「そんなにもてるなら、あたしじゃなくていいじゃない」
 机の上の両腕に顔を埋めるようにしながら、机を睨みつつ答える。
 幾分くぐもったその声に、円は黙して答えない。
「あたし以外にもっとたくさん人がいるじゃない。もっと可愛い子も優しい子もきっとたくさんいるじゃない。あたしじゃなくて、いいじゃない。もっと、普通の子で」
 ぎゅっと右手で左肩を強く握る。そこにある何かを握りつぶしそうとするかのように。
 円は黙って、それを見つめ、
「でも、その子はあんたがいいんでしょ? あんたよりも可愛い子も優しい子もきっともっとたくさんいるだろうし、あんたみたいな面倒なのがわかっていても」
「でも、知らないもの」
 吐き捨てるように紡がれた言葉に
「言ってないんだから当たり前でしょう」
 さらり、と円は言葉を返した。あまりにあっけらかんと言われた言葉に、上目遣いで睨む。
「言えるわけないじゃない」
「なんで?」
「そんなの信じてもらえるかわかんないし、怖がられるだろうし」
「言ってみないとわからないでしょう」
「目の前に言ってみて失敗した人がいるから」
 紡がれた言葉に円が眉をひそめる。
「あんた、喧嘩売ってる?」
 化け物を祓うことを生業としている家の、宗主の娘は怪訝そうに問う。はっきりそういう家柄だ、と伝えたことはないけれども、実家に招くと大体失敗している。
「先に喧嘩売ってきたのは円姉でしょ」
 そのままにらみ合うこと数秒。先に視線をそらしたのは沙耶だった。机に顔をつっぷす。
「上手く行かない、って思うもん。だから、どうしたらいいのかわからない」
「じゃあ、素直にごめんなさい、って言えばいいじゃない」
「超言った。何回も言った」
「はっきり言ってないんじゃない?」
「あれ以上はっきりいったら傷つけそうで」
「もう十分、傷ついてると思うけどね」
 皮肉っぽく唇の端をあげる。ただでさえ、愛想のない子なのだ。婉曲なものいいでも、さぞかし冷たいことだろう。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「知らないわよー、自分で考えなさい。私、失敗例だし」
 にっこり微笑むが目は笑っていない。根にもってるぅと沙耶は不満の声をあげた。
「でも、傷つけたくないって思うことは嫌いなわけじゃないと思うから、やっぱり私は前向きに考えるのも手だと思うよ」
 ビールでも飲もうかねーと立ち上がった円は、沙耶に背を向け、告げた。少しだけ柔らかい声に、沙耶は唇をかんだ。
 傷つけたくはない。あんなに好意を寄せてくれた人だから、傷つけたくない。あんなにまっすぐなところにはすごく憧れる。傷つけたくない。
 だからこそ、
「仮に付き合ってもいつか傷つける、と思う」
 それがどういう形かわからなくても。いつか、忘れてしまうかもしれないのに。
「どうするのか、はあんたが考えなさい」
 冷蔵庫の中を物色しながら、円は告げる。
「でも、私は一回ぐらい沙耶も誰か、一海以外の理解者をつくるべき、だと思うよ。その子、あんたの態度に絶対傷ついているけれども、それでもめげていないならば、見所はあると思うけどね、おねーさんは」
 そうして振り返り、缶ビールを沙耶に向けて、
「飲むー?」
 テンション高めに告げた。
「だから未成年にすすめないでよ」
「堅いわねー、私は酒も煙草も男も高校の時に」
「それ、この前もきいたー」
 沙耶の抗議の声に、いつも通りの笑みを返す。
「とりあえず、飲もー」
 そうして自分の缶ビールと、沙耶のミネラルウォーターと、夜の残りの煮物を机の上に置いた。
「かんぱーい」
 一人で勝手にそうつげて、沙耶が手にもとっていないペットボトルと缶をぶつける。
「とりあえず飲みたいだけじゃないの」
 そういいながらも沙耶はペットボトルのふたをひねった。
 結論は先延ばしになって、でもどういう結果になってもこの姉は自分の味方であろうことを再確認して、少しだけ微笑んだ。