「うん、わかったー。じゃあまたね、アイちゃん」
 ばいばーいと通話を終える。と、
「……また女かよ」
 うんざりしたような目で見られた。
 大学の、広めの講義室。そこの後ろ寄りの席で教授が来るのを待っているところだった。
「うん」
 素直に頷くと、一つ前の席に座っていた一海直純にため息をつかれた。
「いつか刺されるぞ、お前」
「んー、可愛い女の子に刺されるなら本望かな」
 戯けて答える。
「譲にだよ」
 言いながら直純が視線を俺の左隣に向ける。つられてそちらを見ると、遅れて笹倉譲がやってきたところだった。
「よ、笹倉」
 片手をあげて軽快に挨拶すると、
「渋谷お前なんだよアイちゃんって誰だよ、ユカリちゃんはどうしたんだよ!」
 胸倉つかまれそうな勢いで近づかれた。
「アイちゃんはA女子大の子だよー。ユカリちゃんとは昨日ご飯食べて来たよ?」
「そういうことじゃねえよっ! 俺が! ユカリちゃんのこといいなって言ってたの知ってただろうがっ! それを、お前はっ! 盗ったなら大切にしろよッ!」
「……落ち着けよ譲」
 直純が笹倉の腕をひっぱり、俺の隣に座らせる。
「目立ってる。お前が」
 冷静な直純の言葉に、笹倉は不満そうな顔をしたまま、大人しく座った。
 盗ったとか盗らないとか、なんだそれ? 別に結婚しているわけでもないし、遊ぶぐらいならいろんな子に手をだしたっていいじゃないか。大体、カレシがいる子には手出してないし。
 とか言ったら、また鬼のように怒鳴られるだろうから言わないけど。
「慎吾も」
 名前を呼ばれて直純の方を見る。
「いい加減にしろよ、本当」
「んー」
 適当に返事しながら、机の下でメールに返信する。勿論女の子。
「慎吾」
 強く名前を呼ばれる。
 直純は何故か、俺の肩辺りを見ながら、低い声で脅すように告げた。
「いい加減にしないとお前、呪い殺されるぞ」
「……は?」
 思いがけない言葉に問い返すと、がらりとドアをあけて教授が入って来た。から、その話はうやむやになった。
 呪い? なんだそれ。変な直純。


 子どもの頃から、将来医者になるんだよ、と言われていた。親も親戚も納得するどころか褒めてくれるレベルの大学の医学部に合格した。のを、手続を怠ることで蹴り、一浪して法学部に入った俺に対する家族の風はそりゃあもう冷たかった。
 別に、温かかったことなんて一回もないけどね。
 優しかったのはジィさんだけで、両親も姉貴も親戚のおっさんもおばさんも、もともと俺のことはよく思ってなかった。ガキのころは成績悪かったし、探偵小説ばっかり読んでたし。
 それを必死に勉強して姉貴よりいい大学に受かって、入ってやらなかったのは嫌がらせだ。ざまぁみろ。
 お前なんて勘当だ! なんて家を追い出されたらこっちのもん。高校のときからバイトしてた貯金、結構あるしね。ジィさんがこっそり仕送りしてくれてるしね。
 ってことで、晴れて法学部へ入学し、一年遅れで花の大学生をやっているわけだ。そして悠々自適の一人暮らし。そんでもって、大体誰かいてくれるから一人じゃない。誰かって女の子だけど。同じ人じゃないけど。
 女の子は皆、優しくしてくれる。そこそこ良い顔に産んでくれた親には感謝だよね、本当。
 家族と違って優しくしてくれる。
 だから、一人じゃない。


 とはいえ、今日は一人なんだけど。
 授業が終わって、さてどうしようかと一人思い悩む。
 今日はアイちゃんとデートだったんだけど、急にバイトになったとか言われちゃった。
 適当に誰か見つけるか。だけど、あんまり大学の中で声かけたくないしな、めんどうなことになるから。さっきの笹倉みたいに。
 その笹倉は教職もとってるからまだ授業あるし、直純は授業終わったあとケータイ見て顔面蒼白にしてあわててでてったし。なにかね、あれ。なんか呼び出し?
 特に仲のいい二人も用事があって、まああとは適当に駅前にでてナンパしてくるか、他の男友達に声かけるか。
 どうしようかなーと、結論も出ないままぶらぶらとキャンパス内を歩いていると、
「あれ?」
 食堂の脇で直純が誰かと話していた。後ろ姿だけど、背の高い、女。
 ははーん、カノジョからの呼び出しか。まったくそんなのいません、みたいな顔して、いるんじゃないか。
 からかってやろうかどうしようか。そう思いながらゆっくり近づくと、直純が気づいたのかこちらを見た。げって、嫌そうな顔をする。
「よ」
 それに気づかないふりをして、片手をあげると、がんがん近づくことにする。
 女もこちらを振り返った。整った顔立ちをした、気の強そうな美人。
 そしてカノジョという線を排除する。似ている。つり目がちの瞳が、直純と。
「なに、妹?」
 かるーく声をかけると、
「あらやだ」
 女がゆっくりと唇を笑みの形にしながら、言葉を発した。
「妹? なぁにそれ、私が直よりも幼く見えるってこと? 不愉快だわー」
 いきなり放たれたジャブに困惑する。
 ええー、なにこの切り返し方。とりあえず年下に見えていた方がいいかなと思って深く考えずに妹とか言った俺も俺だけど。なにこの初対面での全力な女王様な言い方。
 直純の方を見ると、額に手をあてていた。頭痛をこらえるように。後に聞いたら、会わせちゃいけない二人が会ってしまって俺はこれからどんだけ振り回されるんだろう、と憂いてたらしい。
「それは失礼。美人さんだったから」
 と、答えにもならない答えを返す。
「あなた、渋谷慎吾ね?」
 フルネームで呼ぶなよ。
「直から話を聞いてるからすぐにわかった」
「なに? 悪口?」
「天然なんだかパーマなんだかわからない微妙な髪型をした、ちゃらーい男だって」
 どういう説明してんだよお前は。睨むように直純に視線を移すと、
「でも、いいやつだって言ってたわよ」
 くすりと笑いながら、女が続けた。
 そうして小首を傾げながら、女王陛下は告げた。
「私は一海円。直の従姉よ、よろしくね渋谷慎吾」

   その日、円と直純は用があるからと二人連れ立って去って行った。ので、仕方なくその日俺は駅前にナンパしにいったわけだけれども。まあ、そのくだりはともかく。
「なあなあなあ、なぁんであんな美人の従姉いるのに紹介してくれなかったんだよ」
 次の日、俺が直純を逃がすわけもなく。出会って速攻つかまえて、問いつめる。語学の授業が始まる前の教室。一個前に座った直純の椅子をかたかた揺する。
「……いいのは見た目だけだよ」
 振り返りながら、あいつはまた頭痛を堪えるような顔をする。
「えっ、なに美人?」
 直純の隣で、必死に単語を覚えていた笹倉が振り返る。耳いいな。
「そー、昨日ね、こいつの従姉に会ったの。ちょー美人」
「えー、なんだよ、紹介しろよ」
「……譲まで」
 うんざりしたように直純がため息をつく。
「いや本当、いいのは見た目だけだから。中身は女王様だから」
 ああ、それはなんとなくわかった。昨日ので。
「っていうか、嫌だよ。なんで円をお前らに紹介しなきゃいけないんだよ。従姉たって一緒に住んでたから殆ど姉弟なんだよ。そういうの嫌だろ、わかるだろ?」
「んー、まあ、姉いるからわからんでもないけど。別に恋人になりたいとか言ってるわけじゃないじゃん? 美人なんだから目の保養目の保養」
「慎吾は特に信用ならん!」
 指をつきつけられる。失礼な。
「百歩譲って紹介するぐらいいけどな、絶対に! あいつに手を出すなよ!」
「なにそれ、嫉妬?」
 だってそんなの、個々人の自由じゃん?
「んな訳あるかバカ」
 吐きすてるように直純が言った。
「あいつにいつものノリで声かけて遊んでみろ。殺されるぞ」
「……俺、お前のなかで殺されすぎじゃね?」
 綺麗な顔して物騒な。
「じゃあ俺は? 俺は?」
 笹倉が片手を軽くあげる。
「譲は好きにすればいいよ、真面目だし」
「マジ?」
「うん。うまくいくならね」
 百パー上手くいくとは思ってなさそうな声で直純がいった。笹倉が目に見えて落胆する。鬼か。
「でもまあ、お茶ぐらいいいっしょ? 誘っといてね」
 先生が教室に入ってくる一瞬の隙をついて直純にそう告げた。
「はっ?」
 直純がなにか問いつめようとするのを、先生の挨拶が遮る。
 真面目な直純のことだ。これで、まあお茶の席ぐらいはセッティングしてくれるだろう。俺の言葉なんて無視すればいいのに、優しいなぁ。
 お茶行ったら、あとはまあ、こっちの自由だよね。
 少し笑った。

 一海円。直純の従姉で、直純の一つ年上。つまり、俺と同い年。女王様気質というか、常に強気。のらりくらりと相手方の言葉を交わしながら、ふっとした瞬間に本質を突いてくる。
 というのが二回目のお目見え、上手いことセッティングされたお茶会での俺の評価。
 つまりまあ、なんというか、自分でいうのもなんだけど、ちょっと俺と似ているよね。物事に対するスタンスとかが。
 向こうも同じようなことを思ったみたいだ。意気投合するのに時間はかからなかった。
 まあ、一緒のテーブルで俺たちの腹の探り合いみたいな、狸の化かし合いみたいな、それでいて和気藹々とした意味わかんない会話を聞きながら、直純は心底嫌そうな顔をしていたけれども。
「……円が二人に増えた」
 ぼそっと聞こえた声に、笑う。それぐらい、気があった。

 だからまあ、口説き落としにかかるというか、距離をつめはじめたのは俺としては当然な成り行きなわけで。別に直純の言葉を忘れたわけではないが、あれだって結局のところ嫉妬だろ? ぐらいにしか思っていなかった。円も満更ではない感じで、二人で会う機会も増えていった。
 そんなある日。
「慎吾の部屋に行きたいんだけど」
 などと言われたら、当然期待するわけで。
 まあ、それにしては顔がなんだか怒っているみたいだったけれども、緊張しているのかなぐらいにしか思っていなかった。女王様が緊張するのだとしたら、それはとっても可愛いな、ってぐらいにしか。
 俺の家に案内すると、円は何も言わないでがんがん部屋の奥に進んで行く。そのままベッドの前にまで進み、ベッドを睨みつける。うわーお、大胆! っていうか、おかしいだろ。
「円?」
 さすがに不審に思って声をかけると、
「ああ、うん、そうよね。わかってたけどね」
 ぶつぶつ言いながら円が一度両手で顔をおおった。え、なに、泣くの?
 とはいえ、女王陛下が泣き出すなんて、そんなことはなくって。
「慎吾」
 少しだけ悲しそうな顔をしながらも、振り返った彼女は笑っていた。
「もうこういう風に二人で会うのはやめましょう」
「は?」
 え、なに、別れ話? 付き合ってもないけれども。
「私は貴方とそういう関係になるつもりはない」
 流石に思いがけない展開に間抜けな顔をする俺を残して、円はどんどん話を進めて行く。
「正直に言うと、ここに来るまではそういうつもりもなくはなかった。だけれども、やっぱり貴方、色々な子と遊んでいるっていう話、本当なんでしょう?」
「……直純に聞いた?」
「あいつがそんなこと言う訳ないでしょう。でもなんとなく、私と慎吾が会うのを快く思っていないんだろうな、っていうのは顔を見ていればわかるから」
 それよりも、と女王様は寂しそうに笑う。
「否定しないっていうことは、やっぱり本当ね?」
 俺は黙って肩をすくめる。
 同意の上だし、円に責められるようなことじゃない、と思う。というのは、流石に口にしなかった。
「別に貴方が、誰とどうしようが私には関係ない。だけれども、私はその中には入らない」
「そりゃあ残念」
 戯けて言うと、円はほんの少し眉根を寄せた。そして、
「貴方のこと、人として好きだから失望したくなかった」
 女王陛下は、最後にそんな言葉を残して、あとはもう振り返らずに部屋を出て行った。
 普段なら、他の子が相手なら、多分俺は追いかけた。だけど、そのときは円で。最後に残された言葉に、撃たれたような気分になっていた俺は追いかけなかった。
 失望? ああ、彼女は信頼してくれていたのに裏切ったのか。ふっとそんな事実にいきあたる。それはなんだか、とても悲しいことな気がした。
 そして、恋愛感情ではなく、打算でもなく、人として俺のことを好きになってくれる人もいるのか。
 女王様が最後に放った弾丸は、急所こそ外したものの、俺の体内のどこかに残された。


 とはいえ、人の生き方なんてそうそう変えられるもんでもないわけで。別によく遊ぶ女の子達と遊ぶ生き方を俺は変えなかったわけだけれども。
「慎吾、顔貸せ」
 鬼のような顔をした直純にそう声をかけられたのは、円と件の話をしてから一週間後だった。
 その顔になんとなく話の内容がわかりながらもついていく。
 あいつは人のあまりこない、駐車場の方へ俺を連れて行くと、
「円には手を出すなって、言ったよな?」
 案の定な台詞を吐いた。
「出してないよ」
 出す前に拒まれたし。
「……ちょかいを出すなってことだ」
「そりゃあ、まあ、出したけどさ。なに、円が言ったの?」
「あいつが! そんなこと言う訳ないだろっ」
 綺麗な顔を怒りに歪めて直純が怒鳴る。
 ああ、こいつも声荒げることって、あるんだなぁ。
「だけど言わなくたってわかるんだよっ! 産まれてからずっと一緒だったんだ。あいつが何か隠してることぐらいわかるし、それがどんなことだかも大体わかっちゃうんだよっ!」
 その言葉を聞いて、なんだか、ああいいな、と思ってしまった。
 怒鳴られている局面で思うようなことではないのだけれども、羨ましいな、と思った。自分のことをわかってくれる人が居るなんていいな、羨ましい。
 そういえば円も同じようなことを言っていた。ああ、いいな。
 俺にはいなかった。身内さえもわかってくれなかった。
 俺と円は似ているけれども、決定的に違う。あいつは、一人じゃない。
「聞いてるのかよっ」
 直純が俺の胸倉を掴む。
「聞いてるよ」
 聞こえているよ。
「なんか言うこと、ないのかよっ」
「……ないよ」
 厳密には言えることが何もない。この局面でおれが言うべきことがわからない。
 直純の顔がますます怒りに歪み、気づいた時には頬に衝撃。地面に無様に転がっていた。
「いってっ」
「ふざけんなよっ、お前!」
 見たことのない顔に、ビビる。
 殺気立つ、というのはこういうことを言うのだろう。
 地面に尻餅ついてぽかんっと間抜け面をする俺に、直純がさらに畳み掛けるように蹴りを加えようとする。
 いやいや、殺されるってお前にかよ。
 その剣幕に思わずそんなことを思った。
 近づいてくる足に目を閉じ、
「……あれ」
 一向に来ない衝撃に目を開ける。
 俺の目の前には女王陛下が立っていて、直純をとめていた。
「円っ、お前っ」
 何か怒鳴ろうとする直純を、
「直。素人に手だして、一海の名に泥をぬるつもりじゃないでしょうね?」
 円の冷静な言葉が押さえつけた。
 目に見えてするすると、直純の顔から怒気が抜けている。
 それを確認すると円は振り返り、俺を見る。
 ここで俺のことを庇ってくれたんだ! なんて浮かれる程間抜けではない。だって円の顔超怖いし。
「頬ぐらいで済んでよかったわね。あのままアレをくらってたら入院間違い無しよ」
 淡々と同じテンションで言う。怖い。
 それから円は、俺と直純の二人の顔を見て盛大にため息をついた。
「男って本当バカ」

 騒ぎに気づかれたら困るから、ということで、大学から一番近い俺の家に三人集まった。
 円が慣れた手つきでてきぱきと、俺の怪我を処理してくれる。頬が痛い。
 痛い痛いと言う俺を無視して、
「さすがに直、手加減したのねー」
 あっけらかんと円が言う。
「当たり前だろ」
 ソファーに我が物顔で座ったまま、直純が呟いた。
 えー、これで手加減したわけ? 超痛いのに。
 俺の表情に気づいたのか、円が笑う。楽しそうに。
「直が本気で殴ってたら、顔の形、変わってたんじゃない?」
「……なんなの、怖いんだけど」
 大体、考えてみたら、直純の蹴りを止めた円もなんなの? 実はなにかやってるわけ、格闘技とか?
 はい、終わり、と手当をおえた円が呟いた。
「ありがとう」
「いーえー、身内のやったことだから」
「……俺は、謝らないからな」
 ぶすっとしたまま直純が言う。
「直」
 円が軽くたしなめるように名前を呼ぶ。それでいて、
「まあ、悪いのは慎吾だと思うけどねー」
 俺を落とすようなことも言う。
「別にあなたが誰とどうしようが本当どうでもいいんだけれども、さすがにお遊びが過ぎるんじゃない?」
 椅子に座った俺の目の前に、手当のために跪いたまま、女王様が言う。
「そんなことしていても、貴方の孤独はうまらないわよ?」
「……は?」
 さらりと言われた言葉に、理解が及ばず間抜けな声を出す。
 孤独?
「貴方が本当に欲しいのは、心を通わせてくれる誰かでしょう? それなのに、ほいほい軽い付き合いばかりしていた、そんな人は見つからないわよ? いつまでたっても、孤独のままじゃない」
 淡々と、当たり前のように円がいう。
「……え、なに、俺のこと?」
「は? 他に誰が居るのよ?」
「……孤独なの、俺?」
「はぁ?? そんな今にも死んじゃいそうな、捨てられた犬みたいな顔を終始しているくせによく言う!」
 あっきれた、と円が言う。
 いやいや、そんな顔したつもりは一度もないんだけれども。
「……似た者同士、よくわかるよなー」
 直純がつまらなさそうに口を挟んできた。
「ちょっとそこ、私は次の相手がすぐに見つかるだけで同時進行はしたことないし、好きになったから付き合ってるんだからね」
 円が不満そうにこたえている。
「はいはい」
「ちょっと直」
 ぽんぽん二人で言葉を掛け合う直純と円を見ていて、なんだか腑に落ちた。
 ああ、そうか。
「……寂しかったんだ俺」
 ひとりぼっちになるのが怖くて、誰かと一緒にいて欲しくて、でももっと一緒にいて欲しくて。結局ソレって、寂しかったのか。
「……慎吾?」
 直純の怪訝そうな声に、言葉を返せない。
 俯いて瞳を閉じる。
 多分、探していたのは家族の代わりで。それは体だけじゃ、そばに居てくれるだけじゃどうしようもなかったんだ。そんなことに今更気づく。
 円は黙ってぽんぽんっと俺の頭を軽く撫でると、俺の傍から離れた。
 お互い意地っ張りだから、泣いているところを見られたくないこともわかってくれているのだろう。
 直純もなにも言わない。
 この二人になら、今でも少しぐらいなら、心を通わせることができているだろうか? 漠然とそう思った。


 とはいえ、人の生活パターンはそうそう変わらなくって。ひとりぼっちになることはやっぱり耐えられなくって。結局、相変わらず俺は誰かに声をかけているんだけれども。
 今までと違うのはその人数が厳選されていることと、
「懲りないわねー」
「まったくだ」
 円と直純のセットと一緒に居ることが多くなったこと。
「だって寂しいんだもん」
「もんじゃないわよ」
「いつか呪い殺されるぞ、お前」
 だからなんでいつもそれなんだよ。
「まあ、いつか、慎吾の孤独を癒してくれる人がいるといいわねー」
 と、円が笑った。


 あれからかれこれ十年が経った。
 あのあと、たった一人のとっても大切な女性を見つけて、過去の女関係を強引に清算したりもした。そこは結構ごたごたしたんだけれども、トータル今は平和。幸せ。
 寂しくない。
 茗ちゃんもいるし、
「元気そうでなによりだわ」
「相変わらず、怨念背負って呪い殺されそうだけどな」
 円と直純とも未だに親交がある。
 呪い殺されそうについては、あのあと二人が所謂霊感体質だっていうことを知り、そりゃあ俺にまとわりつく怨念も見えるよなーと思った。しかし、未だに俺は、直純の中で殺されてるのか。
「そういえばさ、ずっと聞きたかったんだけれども」
「ん?」
「あのとき、円、俺のベッド見てすべてを悟った! みたいな顔をしていたじゃん? あれ、なに?」
 円は、ああ、と苦笑した。
「やぁね、どれだけ前の話よ。あのね、貴方のベッドにはね、貴方と関係をもった女性の色々な思いが渦巻いていて、結構ヤバいことになっていたの」
「ヤバいってなに、っていうかそのとき言ってよ」
「だってあのときまだ、貴方一海のこと知らなかったじゃない? ヤバいっていうのは、ほらそういうことしているときって、思いが形になりやすいのよねー。心も裸になるっていうか?」
「ちょっと親父臭い言い方だな」
「直は黙っていてよ。……そうね、慎吾」
「……なに」
「貴方の家のベッド、今は大丈夫なのかしらねぇ?」
 そういって女王陛下は微笑んだ。


not only, but lonely.