「いい加減、やめたら?」
 そう、硯さんが言った。眉間にしわを寄せて、慎吾を睨むようにして。
「……何を?」
 慎吾は煙草に火をつけながら、不思議そうに聞いた。
「煙草」
 慎吾の手にあるそれを睨みながら、硯さんは端的に言い放った。
「ん〜、ああ。まぁそのうちに」
 火をつけたばかりのそれを見て、苦笑を浮かべながら慎吾は言う。
「それ、一ヶ月前にも聞いた」
「……そだっけ」
 視線を上に逃がす。
 ついにボケが始まったか?
 まぁ、こいつの評価に値する点は、決してわたしがいる部屋では煙草をすわない点だ。動物は煙草に弱いのだ。
 彼らが居る自宅と私が居る事務所とを繋ぐ扉は開いたままだから、意味がないといっては意味が無いが。
「あ、ほら、」
 何を思いついたのか、子供のような笑みを浮かべ慎吾が言う。
「煙草吸うやつのキスは甘いっていうよね」
 そういって、煙草をまだ手に持ったまま、実践に移す。
 唇が離れて
「……不味い」
 硯さんがやはり眉間に皺を寄せたまま言った。
「……ごめんなさい」
 とっさに慎吾が謝った。でも、煙草は口にくわえたまま。
 硯さんはそれをじっと見ていたが、
「……そんなの、遠回りな自殺じゃない」
 ぼそりと呟いた。
 慎吾ははじかれたように彼女を見て、ふっと、こいつにしては珍しく優しげに笑った。
「……。大丈夫、俺は先に死んだりはしないよ」
「……根拠がないじゃない」
「泣くのは俺の方が似合っているじゃん」
 まったく根拠が無い割には、妙な説得力をもってそう言うと、慎吾は煙草を今度は灰皿に押し付ける。
「……煙草は中毒性があるから、すぐにはやめられないのよ」
 床を見るようにして呟く硯さんに近寄って、その頭を撫でながら、
「知ってるよ。でもさ、茗ちゃん。これは知ってる?」
 もう一度、軽くキスをして、
「恋愛中も、脳内で麻薬みたいなものができてるんだよ?」
 硯さんは、今度はくすっと笑い、
「自分の麻薬はいいのよ」
 今度は彼女が唇を近づけた。

 慎吾は腕を伸ばして、そっとドアをしめた。


 閉まったドアを見て、
「バカップル」
 私は呟き、眠ることにした。


恋人中毒