ガラス越しの恋

 ぷかり、ぷかり
 少し粘着性のある水の中で、僕は生まれた。
 少しの知識と自我をもって、僕は生まれた。
 僕と外の間にはガラスがあって、外の人たちはみんな白い服を着ていた。
 僕にはそれぐらいしかわからなかった。

 ぷかり、ぷかり
 僕はいつもそこにいた。

 *

 ある日、一人別の人が来た。
 その人は白い服じゃなくて、赤い服を着ていた。
 金色の髪をしたその人は、僕を見て白い服の人たちと何かを話していた。

 ぷかり、ぷかり
 水の中で浮かびながら、僕はその人をみていた。
 ずっと見ていた。

 *

 時々、その赤い服を着た人はきた。
 その人がくると僕はとても嬉しかった。
 それをなんと言えばいいのか僕は知らなかった。
 でも、その人がくるとずっと僕はその人をみていた。

 ぷかり、ぷかり
 心地よい慣れ親しんだ水からでたいと、初めて思った。

 *

 ぷかり、ぷかり
 僕の入った入れ物が、ゆっくりと運び出された。
 運び出されたのは何もない白い部屋だった。

 赤い人が来た。
 僕はその人がきたことを喜んだけど、見慣れない風景にとまどった。

 赤い人と白い人達が何かを話し、僕はずっと赤い人を見ていた。

 白い人が僕の方に近づき、ゆっくりと、入れ物を操作して、僕を外にだした。

 白い人たちが何かを言っている。
 水が無いと違和感がある。
 僕は、僕の手が何にも触れないことにそのとき初めて知った。
 僕が手を伸ばしても、白い人たちに触れない。

 僕は僕の頭上で何かを話している白い人達から視線を背け、赤い人をさがす。
 あの人は、腕を組んで離れたところで僕を見ていた。

   目が合った。

 僕はとても嬉しくて、赤い人のところ駆け寄った。
 赤い人は驚いた顔をした。
 白い人が何かを言った。
 僕は歩くなんていうことを知らなくて、ただ、飛ぶようにして赤い人のところへ。

 赤い人が息を吐き、持っていた何かを僕に向けた。

 音がして、
 僕は


 *

 ため息をもう一度ついて、銃をしまった。
「G025!」
 叫んで、研究班が駆け寄ってくる。
 非難がましい目でこちらを見てくるから、私も非難がましい口調で返した。
「失敗ですね」
 研究班は黙った。
 こんな仕事、派遣執行官の仕事ではない。
 そう思ってもう一度ため息をついた。
「今のは、マオさん……G016の時と同じなのではないですか? 外に出す実験中に想定外の行動をとる、なんて」
 研究班は何も言わない。
「私は、私の仕事を果たしただけです。文句をいわれる筋合いはありません」
 G016事件の失敗を踏まえて、研究のさいには戦闘能力に長けた派遣執行官をつけること。
 こんな仕事、派遣執行官の仕事ではない。
 もっとも、神山さんとやりあうよりはましだけれども。
「それに、気を失っているだけです。早く培養槽に戻したら如何ですか?」
 そういうと、研究班の人間はG025を抱えあげる。
 彼らがつけた白い手袋は霊体に触ることができて、私の持っている銃は霊体を気絶させることが出来る。
 神山さんに言わせれば「暇な研究」なのだろう。
 自嘲気味に嗤う。
 彼がこの場にいたならば、一体どんな反応をとったのだろう。

「それでは、私はこれで失礼します」
 そう言って出口へ向かう。
 誰かが小さく舌打ちした。
 途中で培養槽で眠る、G025を見た。
 外見年齢12歳、男子。
 おそらく、今回のことは失敗と判断され、G025は廃棄処分だろう。
 あどけない子どもの顔で眠っている。
 もう二度とこの顔をみることは無いのかと思うと、少し残念で、そんなことを考えた自分にあきれてもう一度小さく嗤い、私は部屋を後にした
 
up date=2004