「……最下位」
 星座占いランキング、天秤座は最下位です。
 最下位……。
 いい年してと笑われるかもしれないが、私は占いを全面的に信じてはいないが、それでも多少は気にしている。
「最下位……」
 見なければよかったと思って、テレビを消した。

『ラッキーメニューはグラタンです』

 その言葉が頭に残った。

 *

 ので、私は今こうしてレストランでグラタンが来るのを待っているわけで、
「小鳥遊検事、一体どういうつもりですか」
 目の前の笹倉譲巡査部長が言った。
「どういうつもりも何も、私がここにいること、貴方に許可を取らなきゃいけないの? たまたま入ったレストランで相席を頼まれて、その相手がたまたま知り合いだったからってそんなに怒らなくてもいいじゃない」
 エナメルの剥がれかけた爪を気にしながら答える。

『ラッキーメニューはグラタンです』

 なるほど、確かにラッキーメニューかもしれない、と思う。
 人間なかなか現金なものだから。
「……貴方、硯さんとはその後どうなの?」
 呟いた。
 聞こえなければそれでいいという、程度で。
「……どうもこうもありませんよ」
 苦々しく呟かれた。
「ああ、相変わらず歯牙にもかけられていないんだ」
 それはそうだろうなぁ、と思いながら会話を成立させる。
 そして、それにちょっと安堵している。
「貴方も厄介なのに惚れたわよねぇ。っていうか、彼女もてるのに……ああ、私の方が勿論もてるけど」
 今のは冗談のつもりだったのだから笑って欲しかった。
 すべったと思いながらも表面にはださない。
「趣味悪いわよねぇ。あんな、何考えているのかわからない探偵よりも、貴方の方がまだいいと思うけど」
 いや、本当に。
 なんだか少し照れくさくって、
「……どっちも、顔はいまいちだけどねぇ」
 そういって誤魔化した。
   笹倉巡査部長は怒ったみたいだけど。
「でも、貴方の最大の敵はあの探偵じゃないわね。まぁ、あれはあれで厄介だけど、色々と」
 そういって、あれ と関わったせいで起こったことを思い出し、眉をひそめた。
 裁判中にあいつの証言で逆転無罪判決。
 結果的には冤罪事件にならずにすんだから、あいつに言わせれば「感謝こそされても怒られる謂れは無い」
 確かにその通りだけれどもやり方が気に入らない。
 あの回りくどい言い方、人を小ばかにした態度、社会不適応者な仕事、っていうか存在そのものが。
 話を戻す。
「貴方の最大の敵は」
 そこで言葉をきり、彼をじっとみる。
「“仕事”よ」
 わかっているのか、笹倉巡査部長も頷いた。
 あの、生真面目が服を着て歩いてるような子は??私はあの子のことを司法修習生のときから知ってるけど??弁護士になるためにずっと死に物狂いで努力して、そのためだけに生きてきたといっても過言ではなくて、だから、例え何を犠牲にしてもその仕事を守り抜くだろうと思った。
 事実、さっきそこであった“あいつ”は
「デートの予定を仕事があるからってすっぽかされたよ、小鳥遊女史」
 とか笑って言ってきた。
 知るか。愚痴に見せかけた惚気なんて興味は無い。
 笹倉巡査部長がため息をついた。
「貴方も大変ね」
 お待たせしました、といってグラタンがやってくる。

『ラッキーメニューはグラタンです』

 笹倉巡査部長は何かを言いたそうにこちらを見てきて??大方、大抵の人が思うように「あんたはどうなんだ」と思って、 でも私の年を気にしていえないのだろう??結局黙って水を飲み干す。
「まぁ、わかってたことだし」
 伝票をとり、立ち上がりながら笹倉巡査部長は言った。
「大体、渋谷にならともかく、仕事に嫉妬してもしょうがないだろう」
「そうね、女々しいだけだわ」
 彼は肩をすくめ、
「それじゃぁ、お先に」
 そう言って席を離れようとして、
「笹倉さん」
 思わず私は呼び止めた。
「?」
「時には見切りをつけることも大切よ? 子どもの嫉妬は可愛いけれども、大人のそれは、男も女も見苦しいだけだわ」
 そういって微笑む。
 ああ、この行為自体が女々しいことなのに。
「出来たら苦労しないけど、まぁ忠告として受け取っておく」
 彼も微笑んでそういうと、今度こそその場を立ち去った。

 残された私は、グラタンを食べる作業にかかる。
 そうだ、嫉妬なんて惨めなだけ。
 わかっている。

『ラッキーメニューはグラタンです』

 自分が世間で言うところの負け犬だっていうことも??でも、ただのOLといっしょにして欲しくないけれども。職業に貴賎はないけれども、私はやっとの思いで今の職業を手に入れたのだから??理解してる。
 いい加減腰を落ち着けるべきなのも知っているし、母親は執拗にお見合いを勧めてくる……、から実家には最近帰っていない。忙しいのもあるけど。
 5歳年下の警察官に、それも相手には意中の相手がいるのに、片思いする不毛さもわかっている。
 そもそも、警察官と検事ってどうなのよ、っていう気もするし。
 ……いや、それをいうならば、弁護士と探偵ってどうなのよ、だけど。

 でも、占いって、何故か最下位の日の方が総合的に倖せを感じられる気がする。
 だって、最下位の日に少しいいことがあったらば「ああ、今日は最下位だったのに倖せなことがあったな」って思えるから。
 反対に1位の日にちょっとやなことがあると「今日は1位だったのに」って思うし。
 つまりは、そういうこと。
 思い方一つなのだ、と。

 嫉妬は惨めで、彼女に勝てるとか、負けるとか、もはやそう言うレベルじゃなくて、もっと潜在的な何かでこの恋は実らないことを知っている。
 いい年して、おままごとみたいな恋愛をしていることもわかっている。
 その上で、今のこの状態を、私は楽しんでいる。

 つまり、倖せっていうのはそういうことなんだろうなぁと思い、私は微笑んだ。
 結局はモチベーション。
 どんなに疎まれても、少しでも一緒にいられたことを倖せだと思えるならば、それでいいのだと思う。
 嫉妬は惨め。
 でも、だからこそ、それは恋愛という人間的感情にマッチする気がする。
 嫉妬も何もかも、全てを持って、私は今、倖せなのだ。

『ラッキーメニューはグラタンです』

さぁ、これを食べたら仕事に戻ろう。


幸福理論