「旅に出ます。
探さないでください。
             ソフィア」

 そう書置きを残して、私は城をあとにした。

 *

「ソフィア様〜、そろそろ機嫌を直して帰りましょうよ。王様、きっとかんかんですよ」
 後ろでそう言うクレイの声を無視して私はずんずん歩いていく。
 父様がかんかんだろうと、そうじゃなかろうと、私には関係ない。
 子どもっぽい反撃だっていうことは理解している。
 でも、こうやっていればかんかんになった、でも子煩悩の父様が折れて、「わかった、今回の話はなかったことにするから帰って来い」っていうのもわかっている。
 だって、いっつもそうだもの。
 だから、私はいつも通りずんずん歩いていく。
 適当に鞄に詰め込んだ荷物は、従者のクレイに持たせているから私は楽だもの。
 後ろで彼がため息をついた。
 隣の国の王子と政略結婚だなんて、そんなこと、私は嫌だもの。
 誰かのために結婚なんて、そんなの。
 子どもっぽいけれども、私は、思うのだ。
 結婚は本当に好きな人と……、と。

 *

 こんこんこん。
 城下町のはずれにある、小さな家のドアを私はいつも通り三回ノックした。
 いつも通り少しの間があって、
「……また抜け出してきたのか、姫様」
 あきれた顔をした彼が出てきた。
「ええ。わざわざこうやってきてあげたのよ。感謝の言葉ぐらいあってもいいんじゃなかしら?」
 私はそういうと、彼はふんっと鼻を鳴らし、私の後ろのクレイに
「あんたも大変だな」
「仕事ですから。というか、そう思うんでしたらもうちょっと城の近くに住むとか、かたぎの職業につこうとするとか、そういうアクションを起こしていただけるとありがたいんですけど」
 彼は唇の片端をあげた。
 詐欺師なんていうしょうもない職業についている彼に、私は騙されているのかもしれないと、いつも思う。
「まぁ、何も無い家だけども」
 でも、彼は急に真面目な顔になって私の手をとると、恭しく跪いて口付けた。
「ようこそ、姫様」
 こんな彼を見てしまうと、騙されていてもいいかなんて、思ってしまう。

 城を抜け出してきた私は、にっこり微笑んで、いつも通り彼の家の中へ入った。