クリュティエ

「ひまわりが太陽の方を向いているのはね、太陽に恋しているからなのよ」
 と、昨日からうちの宿に止まっている旅人さんが言った。
 ぼーっと窓の外を見ていた僕は、突然のその言葉に驚いた。  いつの間にか目の前にやってきた旅人さんは、カウンター上に頬杖をついて、楽しそうにくすくすと笑う。
「……どういうことですか?」
「いいえ、別に」
 言いながらも彼女はちらり、と窓の外を見る。
 彼女の隣に座っていた男性が、失礼だろうと嗜めた。恋人なのかな、と僕は勝手に思っている。
「ぼくは、別に……」
 答えて僕はただ赤面した。

 旅人さんは二泊していった。
 帰る間際、お代を受け取ったのは僕だった。
 ちゃりん、と渡される金貨。太陽みたいにキラリと光る。
「あ、あの」
 明らかに規定の額より多い。
「これはね、チップってやつよ」
 旅人さんが無い胸をはっていう。
「太陽さんにプレゼントでしもしてあげたら?」
 にっこりと笑うと、片手をふって外へ出て行く。
「世話になった」
 旅人さんの後を追おうとする、恋人さんの方を見る。
「あの……」
「好きでやってることだから気にしなくていい。がんばれ、ひまわり君」
 泊まっている間あんまり喋ったりしなかったのに、にこやかな笑顔でそういうと出て行った。

 ため息をつき、宿泊料だけを金庫にしまっていつものように外を見る。
 向かいの雑貨屋で、さっきでていった旅人さんたちが店番の少女に話しかけているのがみえた。
 唖然とする僕に気づいたのか、旅人さんは僕の方をみてにやり、と笑う。
 ああ、もう!
 思わず舌打ちしてしまう。
 僕は昼休みに抜け出すと、花屋でとびっきりのいい匂いのする花をありったけ買い込んだ。あいにく、時期的にひまわりはないけれども。
「あのっ!」
 向かいの雑貨屋で、店番していた少女が僕の声に顔をあげる。
「これ、どうぞ」
 差し出した花束を、おそるおそる少女が受け取る。
 でも、すぐに
「いい匂い」
 と微笑んだ。
「貴方、お向かいの宿の息子さん、スーノよね?」
「え? わかるの?」
「ええ、声で分かるわ。いつもお友達と楽しそうにはしゃいでいる声がして、いいなぁと思っていたのよ」
 花束に顔を埋めて匂いをかぎ、ゆっくりと指先で花の形を確かめる。
 お向かいの雑貨屋さんの一人娘、フローロ。僕と同い年だけど、学校では一緒にならなかった。
 目が見えないフローロは、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「素敵なお花、ありがとう、スーノ」
 それを聞いて僕はもう、耐えられなくて、ぎゅっと握りこぶしを作ると
「あの! 今度僕が案内するから、ちゃんと危なくない様にするから、だから、今度みんなで一緒に出かけよう!」
 僕の大声にびっくりしたような顔をしていたけれども、すぐに
「嬉しい、ありがとう」
 顔をバラ色にして微笑んだ。