かちり、かちり。
 暗い部屋に規則的に鳴る音。
 開けたり閉めたりする音。
 京介は自分の左手に視線をむける。京介の左手には、ここなの左手の指が絡めてある。
 手首に痛々しく巻かれた白い包帯。
 そこからさらに視線を辿ると、瞳を閉じたここなの姿があった。
 規則的に上下する胸に、少し安心する。
 ここなの右手には、いつだったか京介がユーフォーキャッチャーでとった熊のぬいぐるみが抱えられていた。
 かちり、かちり。
 あの後、お互いにぐちゃぐちゃに泣きながらも、なんとかここなを宥めて、腕の治療をした。
 怪我は思ったよりも深くなくて、包帯を巻く頃には血はすっかり止まっていて、安堵した。
 散々泣きわめいて大人しくなったここなは、休むと言い出した。
「……傍に、いて」
 小さく小さく呟かれた言葉に、京介はすぐに頷いた。
 一人にはしておけなかった。
 ベッドに潜り込んだここなの左手を握る。
「……こどもみたい」
 小さくここなが呟いた。
「……こどもの頃、ママは眠れない私の手、こうやって握っていてくれたの」
 軽く絡めた指先をみて、少しここなが微笑んだ。
「……どこにもいかないでね、私のここな」
「え?」
「ママはいつも言ってたの。行かないよ、って私は答えてて。だってあのころは、ママと離れることになるなんて考えもしなかった」
 少し指先に力を込める。
「ママがあんなに早く死んじゃうなんて」
 囁くようにここなは言い、瞳を閉じた。
 それから直ぐに、安定した寝息へと変わった。
 ベッドに背中を預けて、京介はここなの寝息を聞く。
 かちり、かちり。
 ジッポを眺める。
 火をつけてみる。
 ぼんやりと部屋が明るくなる。
 ふっと部屋の隅で何かが光った。
 何かひっかかるものを感じ、火を消すと、繋いだ手はそのままに、行儀悪く足を伸ばしてそれを自分の方に寄せる。
 それを見ると、反射的にここなの方に視線を向けた。
 眠ったままのここなを見る。
 落ちていたのはジッポだった。
 少し形が歪んだジッポ。どこかで見た事あるデザインのもの。
 自分のものと、落ちていたものをそっとくっつけてみる。
 京介は思わず、泣き笑いのような表情を浮かべた。
 ただの綺麗な不死鳥の模様だと思っていた。けれどもこうやってくっつけると、ハートの形になる。
 少し、歪んでいて、絵柄は欠けてはいるけれども。
 繋いだ左手に少し力を込める。
 出来上がったハートを指でなぞる。

 やっぱりどうしても、ここなが好きだ。
 最初、ただ見かけたときは、可愛い子だな、と思っていた。少し露出が多いし、化粧が派手だけど、好みのタイプだと思った。
 口をきいたときには、ただの変人だと思った。危ない人だと思った。
 だから、放っておけなかった。
 次に、いつも笑っているところがいいな、と思った。すぐに機嫌を直すのが彼女の利点だと思った。
 でも直ぐに、その表情に違和感を覚えるようになった。笑顔の裏にある、危ういものが気になった。
 そして、自分はこんなにも危ういのに、京介を気遣うようなところが好きだ。
 本当は一人になるのに、出て行ってもいいなんて言ってしまうところが放っておけない。意地っ張りなところが可愛いと思う。
 何にしろ、本当に彼女のことが好きだ。
 瞳を閉じた、青白い顔を見る。
 呼吸音を確かめる。
 好きだと思う。
 愛おしいと思う。
 ここなに触れたいと思ったこともある。けれども、なにもしなかったのは、大切にしたかったからだ。
 大切だ。
 京介は一度きつく目を閉じた。
 握った指先をそっと撫でる。
 思いはだいぶ早い段階から抱いていたが、口に出さなかったのは自分みたいな怪しいやつが彼女を好きだということに対する負い目と、なによりも「恋仲になって心中して」というお願いの前段を叶えてしまうことになるから。
 好きだから、死なせるわけにはどうしてもいかない。好きだからこそ、心中するわけにはいかないのだ。