「俺はやっぱりまだ信じられない。お前が本気で恋愛してるなんて」 「……まだ言う、それ?」 月曜日、孤島の事件の事情聴取で警察に出向いたら、笹倉に会った。まあ、あいつの職場だから当然なんだが。 なんとなく二人で飲む話になって、夜再度待ち合わせをした。そんなバーで酒に酔った笹倉がいつもの話をしてくる。 大学同期のこいつは、俺の女遊びが激しかった時を知っているので、そう思うのもわかるのだが。だからといって、大学を卒業してから何年経っていると思っているんだ。 「だって、あの渋谷が!」 「俺だって人の子なんだけど。あんまり言うと傷つくけど」 こいつの場合、茗ちゃんに気が合ったというのもあるだろうけど。あの日の合コンにはこいつもいて、露骨に茗ちゃんに対しては反応が違うからすぐにわかった。 ……あれ、過去形だよな? まさか、今も好きってことはないよな。 急に不安になる。茗ちゃんが笹倉の方に行くとは思ってないけど、なんかこう、やりにくいじゃないか、それって。 「本気なんだ?」 「本気だってば」 「まあ、そうなんだよなー、お前が他の女の子全部切ったんだもんなー」 だから何年前の話をするんだよ。酔うといつもこれだ。っていうか、酔うの早すぎだろ。二杯目だろ、まだそれ。 「なあ」 「あ?」 「結婚しねーの?」 初めての方向性のジャブに酒を吹くところだった。 「はぁ?」 「だって、お前三十路じゃん?」 「まだだよ!」 「付き合って長いじゃん? そろそろ結婚とかならないの?」 「あのなあ、お前、どの立場で喋ってんの?」 どうしたもんかな、と悩む。他の人ならば適当にごまかしただろう。だけど、付き合いの長いこいつには、名探偵の顔なじみの刑事としていつも付き合ってくれているこいつには、あまり不誠実なことはしたくない。俺なりに。 「……俺だって、茗ちゃんと結婚したいし、子供だって欲しいよ。俺と茗ちゃんの子とか、もう絶対可愛いし」 「話ふっといてアレだけど、ナチュラルにのろけぶち込んでくるのやめてくれないか?」 俺は家族に縁が薄かったから、温かい家庭というものに強い憧れがある。それはきっと、茗ちゃんもだろう。 だから本当は、今すぐにだって結婚したい。 今だって、ふざけ半分だけど結婚の話をすることがある。 一昨日だって、そうだ。 「ねぇ、茗ちゃん」 「なぁに?」 「結婚しない?」 「どうして私が泥棒を追いかけ回したり、人の喉笛を切ることを研究したりする男と結婚するとお思いになるの?」 間髪入れずに言葉が返ってきた。 「ポーラ・パリスかよ」 むしろよく突っ込めたな、俺。 「冗談ばっかり言ってないで、そろそろ起きましょ。お腹空いたし」 言ってするりと、腕から抜けてベッドの外に出てしまう。ついでに、 「ああ、そうそう。朝ごはん食べたら、その怪我についてお説教だから」 「……はい」 一時が万事この調子だ。結婚の具体的な話が進む余地はない。 ただ、茗ちゃんが本気で結婚を嫌がっているというわけではないと思う。彼女もわかっていて断っているのだ。 俺のことを気遣って。 「だけど、笹倉。実際問題、無理だろ」 「何が無理なんだよ」 目が据わってんぞ、こえーな。 「落ち着いて考えてみろ。俺はなんだ?」 「性格のおかしい名探偵」 「前半に異議を唱えたいがまあ、その通りだ。で、茗ちゃんとは大学時代からなんだかんだで七年ぐらいの付き合いがある」 「そうだな」 「想像しろ。名探偵とだらだらと交際を続けていた恋人。ある日、ついに二人が結婚する。すんなり行くと思うか?」 笹倉は少しの間黙っていたが、 「思わないな」 ため息まじりに吐き出した。 「それは、やばいやつだろ」 少し酔いが飛んだらしい。真面目な顔で言う。 「やばいやつだよ。なんだかんだで邪魔が入って延期になる、とかならまだいい方だ。色んなパターンが考えられる」 一番あってはならないのが、茗ちゃんが殺されるパターンだ。十分に考えられる。 ついに結婚する二人。襲われる花嫁。失意の名探偵。通算百回目の記念回とかに向いているかもしれないな、それか最終回か。 「……難儀だねぇ」 笹倉が呟いた。 「本当にな」 「実際、どうにかなんないわけ、お前のソレ。探偵辞めるとかしたら、すぱっと解決するとかないわけ?」 「探偵辞めたけど、事件に巻き込まれる探偵なんてたくさんいるだろ」 「あー、まあそうだよなー」 「それに、俺が探偵辞めるとか言いだしたら、名探偵の資格がないとかいって、死ぬ気がするな」 推理を放棄した探偵なんていらない。そう判断した神様に、きっと俺は殺される。なんの神様か知らんけど。 「俺だって死にたくないし、それじゃあ、なにも解決にならない」 「そうだな」 「今の俺にできるのは、せいぜい茗ちゃんを過度に巻き込まないように気をつけることだけなんだよ」 それがなかなか難しいんだけど。どれだけ気をつけていても、怪我をさせてしまうこともあるし。 この間、茗ちゃんが犯人に捕まった時なんかは、本当に心臓が止まるかと思った。 あんな何の伏線もない状態で、名探偵の恋人が死ぬなんていうビックイベントがあるわけないし、大丈夫だと自分に言い聞かせていたけれども。脚本家がクソだと、なんの脈絡もなく恋人を殺す可能性もゼロじゃないんだな、とこの前ドラマを見ていて思った。 いや、長く続いているシリーズの、探偵役の相棒が最終回で何の脈絡もなく犯人にされていたから。数年前から通り魔をやっていたって、それ前のシーズンの時から匂わせておけよ、と思ったのだ。 どんな状態でも安心できない。気をつけるけど。 「なんか、困ったことあったら言えよ」 珍しく優しい笹倉の言葉に、 「ありがとう」 素直に微笑んで返す。 どんなに巻き込んでしまっていても、いつまでも味方でいてくれる。こいつも失いたくない重要な人間だ。 第五章 名探偵の場合
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