一言で言うならば、最悪だ。
「なんでお前がこんなところにいるんだよ……」
 頭痛をこらえながら尋ねた言葉に、
「旅行だったんだよ。それで吹雪にあって仕方なく泊めてもらいにきたんだ。大体、笹倉だって管轄外じゃないか」
 飄々と渋谷は答えた。俺は仕事だよ!
「お前は旅行になんか行くなよ! ずっと家にいろよ! 迷惑だから!」
「ひでぇ! 俺の基本的人権の侵害だ!」
「侵害もしたくなるわっ!」
 いらだちから、思わず声がでかくなる。
「歩けば死体に巡り合う、名探偵様なんだからさぁ!」
「大変だなー」
「お前のことだろうが!」
 他人事みたいに呟く、この目の前の男。渋谷慎吾。職業探偵。人種名探偵だ。
 この世に、名探偵という生き物がいるのはご存知だろうか?
 事件を解決し、謎を喰らって生きる、そんな生き物だ。
 その証拠に、名探偵のあるところ事件あり。死体あり。
「事件が起きるから名探偵がいるんじゃない。名探偵がいるから事件が起きるんだ、とはよく言ったもんだよなー」
 慎吾がのんびりという。だから、誰の話をしていると思っているんだよ!
「事件の調査で、わざわざこんな山奥まで出張してみたら相方とははぐれるし、突然の吹雪で目的地にたどり着けないし、見つけた洋館に泊めてもらおうと思ってやってきたら訳ありそうな男女七人。他にもお泊まりの方がいらっしゃいますよ、とは聞いていたが、いざ食事の時間になったら目の前に名探偵が現れる! これはもう絶対百パー事件起きるだろうが、このどあほ!」
 今は、食事を終えて俺用に用意された客室での話だ。こんな名探偵だのなんだのっていう話を一般人には聞かせられない。
 しかし、急に現れた俺ら一人一人に部屋を用意できるなんて、一体この家はなんなんだよ……。
「事件が起きるとか言われてもなぁ」
 慎吾がぼやく。
 同僚や先輩は、こいつのことを死神と呼ぶ。さすがにそれはひどいんじゃ、と大学同期のよしみでしばしばかばっていたが、最近もうそれでもいいんじゃね? って思うようになっている。
 あと、俺がこんだけこいつに振り回されているのって、絶対大学同期というつながりがあるせいだし。
 そりゃあまあ、名探偵様の手足となる人物としてぴったりだろう。大学の同期で、今は捜査一課の刑事だなんて。ドラマならレギュラーだ。そんでもって、振り回される未来しか見えない。
「なんか、ごめんなさいね、笹倉くん」
 渋谷の横にいた硯さんが、心底申し訳無さそうに言う。
 硯茗さん。職業、弁護士。何がいいのか知らないが、この社会不適合者の歩く死神の恋人だ。
 とはいえ、この二人、大学時代から付き合ってるからもう長いけど。俺の片思いもだけど。はぁ。
「硯さんが謝ることじゃないですよ。悪いのは全部こいつです」
「でも、私が商店街の福引で旅行券とか当てちゃうから」
「あー、そりゃ、ちょっと硯さんがあれっすね。なんでこいつ誘ったんですか?」
「他に思いつかなかったのと、もしかしたら大丈夫かなって思っちゃったの」
「でもまだ、事件起きてないよ」
 横から渋谷が口を挟んでくる。
「お前、それ本気で言ってんのか? 本気で事件起きないと思ってるのか?」
 つめよると、渋谷はふぃっと視線をそらした。お前だって事件が起きると思ってんじゃねーかよ!
 最悪だ、事件が起きるのをただ待っているしかないなんて。
 きっと人が死ぬだろうって、わかっているのに。
 しかも、連続殺人的なややっこしいやつに決まっているんだ。なぜなら、名探偵がいるんだから!
「しかもここ、圏外だし」
「電話線も切られるだろうね」
「ここに来るまでは、吊り橋が一つあるだけだったしね」
「絶対落ちるよね」
 ああ、ここまでわかっているのに阻止する手段がないなんて! 何て迷惑なんだ!
 俺は犯人を捕まえたくて警察官になったんじゃない。平和な世界を守りたくて警察官になったんだ。犯罪なんて起きない方がいいに決まってる!
 などと不毛なやりとりをしていると、
「きゃー!!」
 悲鳴が聞こえた。
「ああ、ほら、やっぱり!」
 嘆く俺を残して、渋谷はさっさと声の方に走っていく。
 慌ててそのあとを追う俺と、硯さん。
 かくして、黒薔薇の館殺人事件は幕をあけたのである。
 いや、本当。建物の名前からしてアレすぎるよね。


第二章 刑事の場合