登場人物を整理しよう。この館には、俺たちの他に七人の男女がいる。
 館の主人「旦那様」、その奥さん「奥様」。その息子「おぼっちゃま」、娘「お嬢様」。子供は二人とも成人済みだ。おぼっちゃまの「婚約者」。旦那様の父親「大旦那様」。住み込みの「執事」。
 そして、亡くなったのは、
「りりぃー!」
 婚約者だ。第一発見者は、奥様。奥様は気絶して、お嬢様と大旦那様がついている。
 婚約者にすがりつこうとするおぼっちゃまを、硯さんと執事が止めてくれている間に、身分を明かした俺と、自分もさも警察関係者であるような顔した渋谷で調べる。
 公務員の身分を詐称することは、本当なら咎めるべきなのだが、被害者を最小限にするためにも、名探偵の力を借りるのが最善の手だ。と、とっさに判断してしまう程度に、俺はこいつに毒されている。
「手首が切り取られてるな」
 さすがの渋谷も顔をしかめている。
 切られたのは左手首。すぐ近くに落ちている。
 心臓あたりも刺されているから、直接の死因はこっちだろうな。
「この血の量……、生きているうちにだよな」
 凶器は……、
「これか?」
 婚約者の右手に握られた出刃包丁。どう見てもこれです。
「わざわざ被害者に握らせたってことか?」
「歌だ……」
 だいぶ大人しくなっていたおぼっちゃまが呟く。呟くというか、思わず言葉がこぼれ落ちた、という方が正しいような言い方だった。
「歌?」
 問い返すが、おぼっちゃまは「歌だ、歌なんだ……」とか呟くばかりでなんのアドバイスもくれない。
「このあたりに広まっている一種の手毬歌です」
 代わりに、比較的しっかりしている執事が答えてくれる。
「身の回りに伝わる危険を子供に知らせるための歌でして……」
「歌詞は?」
 淡々と執事が暗唱してくれる。この人、冷静すぎて怪しいけど、一周回って犯人じゃなさそうなタイプだな。
「最初のあの子はお料理上手。とんとん。よそ見をすると危ないよ。ほら、おててが、ずどん」
 いや、なんつー物騒な手毬歌があるんだよ。正気か?
「ちなみに、続きがあったり……?」
「はい」
 やっぱりねー!
 歌詞をまとめると、以下のようになる。

 最初のあの子はお料理上手
 よそ見をすると危ないよ
 ほら、おててが、ずどん

 二番目のその子悪戯好き
 がちゃがちゃ
 電気をいじると危ないよ
 ほら、からだが、バチン

 三番目のこの子はきれい好き
 ばちゃばちゃ
 お風呂で遊ぶと危ないよ
 ほら、お顔が、ばちゃん

 ……なぁ、いくら子供に危険を知らせるためとはいえ、この歌は正気か? 大丈夫か? エドワードゴーリーの世界か、ここ。ギャシュリークラムのちびっ子たちか?
「すっごい適当な手毬唄だな。深夜のギャグ系ミステリでも、もっとまともだぞ」
 渋谷が真面目な顔でトチ狂ったことをつぶやく。いや、気持ちはわかるけどな。締め切り間際の作家が苦し紛れに作ったのかもな。
 それはさておき、
「手毬歌になぞらえた、連続殺人?」
「バカバカしい! そんなわけあるか!」
 それまで黙っていた旦那様がキレた。
「なにが手毬歌になぞらえた連続殺人だ! そんなもの実際にあるわけないだろうが! 二時間ドラマじゃあるまいし!」
 いや本当。お怒りはごもっとも。
 でも、起こりうるのだ。ここに、名探偵がいる以上。
「だいたい、うちの人間がこんなことするわけない! お前ら三人の誰かだろう!」
 うーん、なんか、このおっさん見ていると心配になるな。
「警察官だとかいって、それも嘘なんだろう!」
 そして不安は的中。旦那様は叫ぶ。
「こんなやつらと一緒に居られるか! わたしは自分の部屋に戻らせてもらうぞ!」
 あーあ、言っちゃった。言っちゃったよ!
「ひとりになるのは、危ないですよ」
 そうそう、それにそのセリフはあからさまに死亡フラグだしな。俺たち三人をむやみに疑っているのも怪しい。次の被害者候補ってことで。
「しっかり鍵をかけておけば大丈夫だ!」
 しかし、渋谷の制止も空しく、旦那様は戻って行ってしまった。
「あー、どうしようかな。……旦那様の部屋って、ひとり部屋ですか?」
「いえ、奥様と一緒ですが」
「そっか。じゃあ大丈夫かな。あの、奥様も早めにお部屋に戻ってください」
 二人部屋ならば、死亡フラグの効力もかなり弱まるだろう。
 仮に奥様が犯人だったとしても、部屋の中では殺さないはずだ。自分を疑ってくださいというようなものだから。
「できるだけ、二人……いや三人以上で行動するように心がけてください」
「……あれ、そういえば大旦那様は?」
「そういえば、さっきからお姿をお見かけしておりませんな」
 おいおい、怪しいんだけど、大丈夫か……?
 予想が的中し、感電死した大旦那様の遺体が、屋根の上で発見されたのは、それから五時間後のことだった。


第二章 刑事の場合