結論から言ってしまうと、サクちゃんの推論の少なくとも前半部分は間違ってなかった。池田君が期待をしている、ってこと。 あの後、当り障りのないおしゃべりを少しした。サクちゃんは、今日はもう帰るとそのまま帰宅した。一人で自習室に戻って来たあたしは、ばったり治君に出くわした。 「あ、おつかれー」 手を振ると、 「今日、なんかあったっけ?」 怪訝そうな顔をされた。 「なんかって?」 「補講とか」 「そんなにあたしが自習室にいるの珍しいですか」 まあ、珍しいだろうけれども。 「うん。珍しい」 治君は睨むあたしのことなんて無視して、非情にも素直にそう答えると、 「っていうか、池田のこと聞いた?」 小声で尋ねて来た。 「ああ、うん」 「聞いたかー。いやさぁ、今すっごい噂になってて。池田は設楽さんと付き合ってる説とか、ふられた説とか、そもそも告白してない説とかがしばらく対立してて」 「何、その学説の争い」 「ちなみに、ふられた説が通説だった」 「そんなちょっと池田君に可哀想な報告いらない。というか、なんでみんなそんなに知ってるの?」 「ほら、池田が設楽さんのこと好きなのは周知の事実だったじゃん」 どこの世界での話だ。 「主に喫煙所界隈で。喫煙しながら結構みんなの恋愛噂話とかしてて。あ、杏子ちゃんの話はなんにもないから安心していいよ!」 いい笑顔で言われる。 それは、あたしがヒロ君のことが好きなのはばれてないからよかったと受け取るべきか、あたしのことを好きな人は誰もいないからがっかりと受け取るべきなのか。 「で、まあ、俺がしゃべったんだけど。池田に相談されてたから」 「なんで喋るのぉ?」 当たり前のように言われて、呆れて返す。 「あのねー、守秘義務ってものがあるでしょう守秘義務ってものが。弁護士になってからもそうやってほいほい依頼人の相談事話してたら、懲戒処分とかされるんじゃないの?」 ちょっと怒ってそう言う。恋愛話を他所に回してしまう人は苦手。自分の気持ちをばかにされているみたいで。 でも、治君には通じなかったみたいで、 「まだ弁護士じゃないし」 「そうじゃなくて」 「そう、そうじゃなくてさ。俺、昨日池田からメールをもらって」 さらに文句を言おうと口を開いたけれども、最新情報に一度口を閉じる。 「とりあえず勉強頑張るって」 「なんだ、それならよかったじゃん」 思わず笑顔になる。池田君真面目だから、ものすごく落ち込んでるんじゃないかって、ちょっと思ったのだ。 「いや、それだけならいいんだけどさ」 「なにかあるの?」 ちょっと嫌な予感。 「結局、設楽さんになんて言われたの? って聞いたらさ、設楽さんは前のカレシ忘れられないから答えは保留って言われた」 思わず、なんとも言えない顔になる。 「んだけど、その顔を見ると、やっぱり池田の勘違いってこと?」 うんうん、と頷く。 「めっちゃ期待して待ってるよ」 サクちゃんの推測通りだったか。 ちょっと溜息。 「まあ、放っておいたら脈無しって気づいて諦めるだろうけれども」 呆れたように治君が言う。 昔、放っておいても脈無しと気づかずに、アタックをし続けた前科を持つあたしは素直に頷きかねる。 「まあ、だから設楽さんに気をつけるように言っといて。何に気をつけるのかわからないけど、一応」 「うん」 「じゃあ、俺、もうすぐ自主ゼミはじまるから」 と、喋るだけ喋って、治君は自分の机の方に戻って行った。 あたしも、自分の机に戻る。 やれやれ、どうなることかしら。 そんなことを思いながら戻ると、机の上には見慣れない紙が一枚。 手に取る。 男の人にしてはちょっと可愛い丸っこい字で、 『合同飲み会の話だけど、そっちの幹事は杏子ちゃんで平気? 桜井』 と書いてあった。ヒロ君からの手紙っ! しかも、裏にはばっちりメアドとケー番が書いてある。思えばまだ、連絡先を手に入れていなかった。ゴールデンウィークの飲み会ではチャンスがなかったのだ。 ええ、ええ、もちろんあたしが幹事でいいですとも! もともと、あたし、自主ゼミとかもやってないから暇だし! いや、やる気がないんじゃなくて、自主ゼミやるにはもうちょっと力を付けてからでいいかなーと思って。そうやって、先延ばしにしているんじゃないかっていう思いは自分でもあるけれども。 とりあえず、椅子に座ると、ヒロ君へのメールを作成し始めた。 池田君? もう勝手にやっていてくれればいいよ。サクちゃんに危害を加えたら承知しないけれども、思う分には自由だし。外部に表現さえされなければ、内心の自由は保障されるし。 そう思いながら、あんまりギャルギャルしないように注意しつつ、それでもにぎやかで可愛く見える文面を作成していく。ハートをいれようとして、なんとなく恥ずかしくなってやめる。 そうしながら、少しだけ池田君に同情する。好きになったら周りが見えなくなってしまうの、少しわかるよ。 |