ロー内恋愛ー26歳の男

『ふーん、なかなか楽しそうじゃない、良かったね、杏子』
「んー」
 自宅のベッドの上に寝転がったまま、相槌を打つ。ケータイの向こうには、幼稚園の時からの親友、海藤こずも。
『あんたが弁護士、とか言い出した時は、どうなることかと思ったけどねー』
 こずちゃんが笑う。
「笑わないでよ」
『ごめんごめん、心配してたの。あんたマイペースだし、どっかずれてるし。偏見だろうけど、法科大学院とかに進学して弁護士目指すようなのって、冗談も聞かない、真面目そうな堅物ばっかりで、あんた馴染めないんじゃないかなーと思って。さすがにもう、私が助けてあげるわけにはいかないし』
「こずちゃん……」
 今よりももっと、向こう見ずで猪突猛進だった昔。人間関係が上手く構築出来ていなかったあたしを、こずちゃんはいつも助けてくれていた。皆と上手く話せるように距離を測ってくれたり、さりげなくいつも手助けしたりしてくれていた。高校を卒業するまで、そんなこと気がつかなかったけど。
 大学に入って、初めてこずちゃんと別の学校に通うことになって、そこで初めていかに自分は距離感が、空気が読めない人間なのかということに気がついた。彼女が居ないと、結構しんどかった。
「こずちゃんの優しさに涙がでそう」
 思わず告げると
『馬鹿じゃないの?』
 一蹴された。酷い。でも、それがこずちゃんだ。
『でも、楽しそうにしているから、よかった』
「うん、皆いい人だしね。変な人もいるけど」
『一学年二百人とかだっけ?』
「そう。ローって少人数制のとこ多いけど、うちは人数多いから」
 募集人数が多いからその中に入り込めたという説もあるけど。実際、今の学校よりもランクが下だと言われている学校は、ロー入試落ちたし。
『だから、特に杏子には向いているだろうね。少人数よりも。あんた、意外と人見知りするしね、無鉄砲なのに』
「無鉄砲って……」
『なんだっけ? ヒロ君、だっけ? 杏子の今の意中の人』
「うん」
『上手く行くといいねー』
「うわー、こずちゃんに恋愛関係のことで応援されたの初めてなんだけど」
 どちらかというと、こずちゃんはいつも惚れっぽいあたしのことを呆れて見ているイメージの方が強い。
『だって、杏子も二十二だし。高校の時とは事情が違うでしょう。ええっと、高校の時は確か、清水と榊原と……、あと誰を好きになったんだっけ?』
 思い出すのも恥ずかしい、自分の惚れっぽさを暴露される。学年が変わるたびに好きな人が変わっていた。小学生か、あたしは。
「もう! 昔の話はいいでしょうっ!」
『ごめんごめん。でも、本当、大人になったと思うよ、杏子』
 こずちゃんだって、同い年なのに上からものを言われる。でも、それももっともで、あたしとこずちゃんでは決定的に違うところがある。
 電話の向こうで、猫の鳴くような音が聞こえる。
『ああ、ごめん、将毅起きちゃった』
「ごめんね。また」
『うん、じゃあねー』
 言って慌ただしく電話を切られる。
 つー、という音を聞きため息を一つ。ぱたん、とケータイを折り畳む。ご当地キティが揺れる。
 幼稚園から高校まで、同じ学校に通っていたのになんていう違いなんだろう。ずっと一緒にいたのに。
 こずちゃんには、もう子供がいる。大学卒業と同時に、永久就職。高校のときから付き合っていた年上のカレと。
 最後に会った時、ぎりぎり卒論は出せたし卒業はさせてもらえたけど、卒業式は出られなかった、と大きいお腹をさすりながら言っていた。送られてきた写メにうつっていた将毅君はとっても小さくて可愛かった。
 てっきり、こずちゃんはばりばりのキャリアウーマンとかになるんだと思っていた。幼稚園のころ、お嫁さんになりたい、というあたしにこずちゃんは真面目な顔をして言ったのだ。
「男に依存する人生なんて、だめよ」
 今考えると、前日にどんな昼ドラを見たんだろう、って感じだけど。
 お嫁さんを目指していたあたしは、未だに学生で弁護士目指していて、一人で生きて行きたいと言っていたこずちゃんは、お嫁さんでお母さん。
「置いて行かれた、なー」
 小さく小さく呟いた。
「杏子、ごはーん」
 階下から母が呼ぶ声がする。
「はぁーい」
 返事をしながら起き上がる。
 あたしは、母親になったりするのだろうか。