六時になったら、図書館は閉まってしまう。それに、いくらなんでもそれ以上遅くなったら叔母さんに心配をかけてしまう。
 だから、六時少し前に図書館をあとにする。自転車に乗って十分。そこが叔母さんの家だ。広めの一軒家。
 玄関をあけるとき、いつも少し緊張する。一つ深呼吸して、嫌みにならないような笑顔を作って。
「ただいまもどりました」
 元気よく、入り口を開ける。
「ああ、佐緒里ちゃん、おかえりなさい」
 キッチンから叔母さんが顔をだした。
「ただいま、叔母さん。すぐにお夕飯の手伝い、しますね」
「あら、いいのにー」
 このやりとりもいつものこと。
 借りている二階の部屋に入ると、荷物を置く。セーラー服から部屋着に着替えると、足早にキッチンに向かった。
「気を使わなくていいのよー」
 お夕飯のお手伝いをしていると、叔母さんにそう言われる。
「そんなんじゃないです」
 そんなんじゃない。気を使わない、方が難しい。
 過去数回しかあったことがない、親戚の家に居候させてもらっておいて、気を使わない方が難しい。
 とはいえ、気を使ったら使ったで、別の問題も発生するんだけれども。
「はらへったー。ごはんなにー」
 いいながら部屋に入って来たのは、従姉の澪。同い年で、同じ中学校の同じクラスに通っている。今は。
「もー、澪は」
 叔母さんがたしなめるような口調で言う。
「佐緒里ちゃんを見習って、ちょっとは手伝いなさい」
 その言い方にびくっとする。そんな風に言ったら、また彼女は怒る。
「は?」
 澪はつり目がちの瞳でこちらをみると、
「……うぜ」
 小さく呟いた。
 気を使ったら使ったで、こうなるから困る。

 夕飯を終え、お皿を洗うと、部屋に逃げ込んだ。
 私の父は、私が幼いころに事故で亡くなった、らしい。
 そこから母は、女手ひとつで私を育ててくれた。
 しかしながら、もともと病弱な母は、無理がたたって今年のはじめから、入院することになった。
 そこで問題となったのが、私の存在だ。
 中学二年生になった小娘を、都内で一人暮らしさせることは、母に気を使わせるだけだった。
「なら、うちにくればいいわ」
 そう言ってくれたのが、母の妹である叔母さんだった。
 祖父母も亡くなり、都内で暮らす母の兄は独身で、私の面倒を見るには適さない。
 その点、叔母さんには同い年の従姉がいるからぴったりだろう。それが大人の判断だった。
 私はそれに従う他なかった。
 だから、東京から新幹線で三時間の、東北のこの地での生活がはじまった。
 東京の中学では、三つの小学校から集まって一つの中学になっていた。
 しかし、この町では違う。一つの小学校がそのまままるごと、一つの中学に持ち上がるのだ。
 だから、中学に通うみんなは、もう小学校で六年間、友人関係を築いていたのだ。
 そこに、私が入り込む隙間はなかった。
 従姉である澪がいたが、これまで数回程度しかあったことがない従姉など、初めて会うクラスメイトよりも距離感がとりにくい存在だった。
 それに、澪はどちらかというと元気で体育会系で、クラスの中心的な、ギャルっぽい子だ。
 私とは違う。
 教室の隅で本を読むことが、休み時間のベストな過ごし方の私とは違う。
 もしも従姉でなければ、一生話さないまま終わったかもしれない。それぐらい、遠い存在だった。
 だから、澪を通じてクラスに溶け込むことはできなかった。
 寧ろ、澪がいたことによって、「澪の従姉妹なのに暗くない?」という評価を得てしまった。
 だから今、クラスに私の居場所はない。
 東京の友達と、メールをするのが楽しみだ。しかしそれも、引っ越して半年以上経つ今、回数が減っている。仕方ない、向こうも忙しいのだ。
 だから今、私は自分の居場所を見つけられないでいる。
 クラスは馴染めないし、叔母さんの家もどこか居心地が悪い。
 学校には残りたくないけれども、家にも帰りたくない。
 そこで私が見つけたのが、図書館だった。学校が終わってから、閉館時間まで、私はずっと図書館で時間をつぶしている。
 図書館は昔から好きだ。
 東京にいたころもよく行っていた。
 特に、絵本が好きだ。
 大好きだ。
 これは誰にも、母にも言ったことがないけれども、将来は絵本を書く人になりたい、と思っている。
 鮮やかな色彩と、子どもにもわかりやすい平易な言葉で紡がれた物語。
 その奥に隠されたメッセージ。
 小さいころは素直に楽しんで、大きくなってから裏のメッセージを読みとって楽しんで。
 きっと大人になったら、また違う楽しみ方ができるのだろう。
 文章と絵、両方からアプローチして色々想像がかきたてられる。
 そういう絵本が大好きで、そういう絵本を書きたい、とずっと思っている。
 思い出すのは、今日見たあの女の人。
 ぽろぽろ泣いていたあの姿。
 想像してみる。
 自分が書いた絵本で、あの人みたいに誰かが泣いたり笑ったり怒ったりしてくれる。
 想像しただけで口元が緩む。
 それはとっても幸せなことだ。
 あの人みたいに、みんなが反応してくれる。そういう絵本が書きたい。