「山口屋のせんべい」
 その日の夜、夕飯を食べて、部屋に戻ろうとしたところを、廊下で待っていた澪にそう言われた。
「え?」
「山口屋のせんべい、詰め合わせ。千五百円。買ったんでしょう?」
 つまらなさそうに床に座り込んだ澪に、そう尋ねられる。
 さっと血の気がひいた。
 なんで知っているの? とは思ったが、小さい商店街でのことだ。誰かが見ていたのだろう。
「持って帰っては来てないよね? どうしたの?」
 淡々と詰問される。
「……どうって」
「誰かに買って来いって、言われたりしたの?」
「そんなんじゃない!」
 思わず大きな声がでて、はっと我にかえる。
 澪が驚いたような顔をした。
「……そんなんじゃないよ」
 小声で言い直す。
「じゃあ、何」
「……なんで澪にそんなこと言わなくっちゃいけないの?」
 澪の眉があがる。不愉快そうに。
「居候が厄介ごとに巻き込まれていたら、迷惑でしょう」
 居候。
 言われた言葉に胸がちくりと痛む。そのとおりだけど。
「言いたくないならいいや。母さんに言うだけだから」
 言いながら澪が立ち上がろうとする。
「待って!」
 それは駄目だ。
 叔母さんに言われるのは困る。
 澪が中腰の姿勢で私を真っすぐに、射抜くように見つめる。
「……この前、自転車がパンクしたときに、助けてくれた人へのお礼」
 嘘にならないぎりぎりのラインで、言葉を返す。
「……ああ、そういや、自転車屋行ってたっけ?」
「そう」
「どこの誰? どんな人? 男? 連絡先、知ってるの?」
 矢継ぎ早の質問にいらいらする。
 どうして、澪にそこまで干渉されなくっちゃいけないの?
「図書館でよく会う人、女の人。今日も図書館で会ったから渡したの。ねえ、なんか問題あるの?」
 語尾が上擦る。
 咄嗟に女の人と答えてしまったことに、ほんの少しの罪悪感が芽生える。
 隆二さんの存在を、ないがしろにしてしまったみたいで。
 だけれども、男性だなんて言ったら、また妙なことになる気がした。
「……ふーん」
 納得しているのかしていないのか、澪が呟く。
「……もういい?」
「いいよ、別に」
「そう」
 何を考えているのかわからない澪を残して、部屋に入る。
 その少し前で、
「ねぇ」
 呼び止められた。
 足は止めるけれども、振り返らない。
 精一杯の意地、だ。
「なんかあったら、言いなさいよ」
 また、それだ。
「ないよ、なんにも」
 それだけいうと、部屋に入り、ドアを閉めた。
 閉めたドアにずるずると寄りかかりながら、座り込む。
 なんだっていうのだ。
 監視されている。息苦しい。
 わかっている、私はよそ者だから、警戒されていることぐらいわかっている。
 だけれども、嫌なものは嫌だ。
 この家に居たくない。
 帰りたい。
 お母さんと二人の家に帰りたい。
 お母さんと、二人がいい。
 見られているみたいで息苦しいけれども、一人も嫌だ。
 寂しいから。
 私も欲しい。
 隆二さんみたいな人が。
 私のことを見ていてくれる人が。
 私の、魔法使いが。