「そうですか」
 アリスとともに部屋を訪れた、シュナイダーや研究班の人間に検査結果を聞いた銀次は、ただ一言、それだけ呟いた。他に何を言えばわからない。
 ベッドに状態を起こして座り、となりに立つシュナイダーと白衣の男をみあげる。
 アリスはさっきから、部屋の隅で壁と同化したがるかのように、壁に密着している。
「あの、それでこれ」
 研究班は小さな箱を差し出してきた。受け取って中を開けると、小さな錠剤がいくつか入っていた。
「ようやく完成しました。Xのサンプルから生み出した、Xの活動を鈍らせる薬です」
「……ああ」
 そういえば、そんなものを研究してくれると言っていた。
「一応これで、進行は食い止められるはずです。……完璧ではありませんが」
 悔しそうに呟く彼に、
「いえ、十分です。ありがとうございます」
 微笑んで言葉を返した。
 それに嘘はない。本当に感謝している。彼らがいなければ、自分はとっくの昔にメタリッカーに体を乗っ取られていただろう。
 シュナイダーや優里にも、鈴間屋で働く全ての人に感謝している。ここまでサポートしてきてくれたことに。
 それに……。
「お嬢様」
 声をかけると、俯いて壁と化していたアリスが顔をあげた。
「少しお話、よろしいですか?」
「ん」
 シュナイダー達に退室を願って、二人きりになった部屋の中。先ほどとは違う気まずさが部屋を支配する。
 アリスはベッドの横の椅子に座ったまま何も言わない。
 どうしたものだろうか。何を考えているのか。
 しばらく迷った末に、
「お嬢様」
 そっと呼ぶ。アリスがのろのろと顔をあげるから、少し微笑んでみせた。
「あの、黙っていてすみませんでした」
 そう言って頭をさげる。
「ごめんなさいっ」
 それをきっかけに、アリスは口を開き、同じように頭を下げた。椅子から立ち上がり、びしっと立っての一礼。
「お嬢様っ」
 まさかの対応に少し慌てる。まさかアリスがそこまでするとは思っていなかった。
 アリスは頭を下げたまま、
「白藤、ごめんね。ごめんなさい。くそバカ親父のせいでこんなことになって。ごめんなさい。それなに私なんにも知らないで、ごめんなさい。くそバカ親父のせいなのに、その娘である私がのうのうとあなたと一緒にいてごめんなさいっ」
 矢継ぎ早に言う。
 ああ、黙っていたと思ったら、そんなことを考えていたのか。なんで彼女が謝るのか、理解ができない。
「お嬢様っ」
 慌ててそれをやめさせようとする。
「黙っていたのは私の我が侭です」
「でも、ごめんなさいっ」
「お願いだから、やめてください。お嬢様は何も悪くありません。せめて、顔をあげてください」
 言うと、アリスは顔をあげた。唇を噛み締めて、思いつめたような表情で。
「本当に、お嬢様は何も悪くないんです。悪いのは鈴間屋拓郎で、お嬢様が何も知らなかったのは私が知って欲しくなかったからです」
 化け物だと、知られたくなかった。
 それに、救われていたのだ。何も知らない彼女が居ることに。全ての人がメタリッカーの素性を知るこの家において、唯一普通に接してくれるアリスの存在に、ずっと救われていたのだ。シュナイダーや優里達と同じように、アリスにだって感謝している。
「それに、お嬢様。お嬢様が、私を化け物扱いしないことに、本当に感謝しているんです」
 拒絶されたらどうしようと、ずっと思っていた。だから怖くて言えなかった。他ならぬアリスには言えなかった。
 さっき変身したときは、咄嗟のことで何も言えなかっただけで、本当は怖がっているんじゃないかと思っていた。
「私のために怒ってくださったこと、感謝しています」
「だってっ」
 アリスの声が上擦る。
「だって、そんなの当たり前じゃない! 白藤は白藤じゃない。今までだって、さっきだって、これからだって、ずっと優しい白藤だからっ」
 感情が高ぶったかのように声が裏返る。
 アリスは一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸すると、
「白藤」
 真っすぐに銀次の瞳を捉えた。その顔は、銀次がよく知る、勝ち気で傲慢で我が侭で、だけど心根は優しい鈴間屋アリスのものだった。
「白藤、約束する。貴方を元に戻すために、がんばる。あの大バカくそやろうをとっちめて、貴方を元に戻すために、私がんばるから。だから、それまではここに居て。出て行ったりしないで」
 ああ、何を言うのだろうか。
「言われなくても、ずっといます、ここに」
 優しく微笑む。
「……だって、嫌じゃないの? 鈴間屋にいること」
「確かに鈴間屋拓郎のことは許せませんが、それとこれは別です。だってお嬢様、私は貴方の運転手ですよ?」
 だからどこにも行くわけないじゃないですか、と続けた。
「お嬢様が望む場所にお嬢様をお連れするのが私の仕事です」
 アリスの顔が一瞬、くしゃりと歪んだ。泣きそうに。
 けれどもアリスはそれを堪えると、
「ええ、お願いするわ」
 いつもの勝ち気な笑顔で頷いた。