シュナイダーに声をかけてから、二人で出かけることにする。そういえば、いつ以来だったろうか。顔は合わせるものの、運転手の仕事はめっきりしていなかった。
 どうぞ、といつものように後部座席のドアをあけると、
「ね、白藤」
「はい?」
「助手席でも、いい?」
 甘えた声で尋ねられる。身長差があるから、自然と上目遣いになる。
「……ドライブだから」
 ほんの少し不安そうに付け加えられた言葉に、少し笑うと、
「はい、どうぞ」
 助手席のドアをあけた。
 アリスは満足そうに頷くと、車に乗り込んだ。
 いつもと少し違う感じをうけながらも、ゆっくりと車を発進させる、
「お嬢様、どこか行きたいところとか、ありますか?」
「ないなー」
 あっさり言われた。
「なんかないのー、白藤。お勧めのデートスポット的な。ドライブで行く夜景の綺麗な場所とか」
「……そんなこと、私が知っているとお思いですか?」
 なんていうむちゃぶりを、と思いながらそう問い返すと、
「んーん」
 無情にもあっさり首を横に振られた。
「なくてよかったなーって思った」
 それから小声でつけたされる。
 ちらりと横目で見ると、アリスは窓の外を見ていた。少しだけ笑っているのがみえて、じゃあまあいいか、と思い直す。
「とりあえず、てきとうに。ドライブを」
「はい、かしこまりました」
 まあ、人の少ない方にでも走った方が良いかな。今だと丁度帰宅の時間になるし、などと思いながら、車を走らせる。
 アリスは何も言わないけれども、それでも気まずい空気はしない。どこかここちよい。
 だから銀次も何も言わず、車を走らせていた。
 たまにはこんな、のんびりした時間もいいかもしれない。アリスだって、最近ずっと気をはっていたのだろうし。
 そんなことをのんびりと思っていると、
「っ」
 嫌な感じがして、ハンドル操作を少しミスる。少しふらりと車体が揺れた。
「白藤?」
 アリスの怪訝な声を聞きながら、とりあえず路肩に一時停車。
 腹の辺りでうずいているこの感じは、間違いない。
「……X?」
 恐る恐るといった体でアリスが尋ねて来るから、ゆっくり頷く。
 今日、三回目かよ、ふざけんな。
「すみませんお嬢様、行きます」
「うん」
「……お嬢様は、いかがなさいますか?」
 家まで送って行けない。ここで降ろした方が安全だとは思うが、しかし人が居ない道を来過ぎた。この辺りならばタクシーを捕まえるのも一苦労だろう。それはそれで、また別の意味で危ない。お嬢様付き運転手としては、是認し難い。とか言っている場合でもないのだが。
「行く」
 アリスは銀次の顔を見上げるとはっきりと言った。
「車からは降りないで待ってるから、危なくないように」
「……わかりました」
 そこまで言われたら、反対のしようもない。
 銀次はXの居る地点に向かって、車を走らせた。

 Xは駅前の公園で暴れていた。
 悲鳴が聞こえる。ああもう、だからこれ、今日三回目だぞ?
 公園の外に車を止めると、
「いいですか、動かないでください」
 念を押してから車から降りる。
 物陰に隠れると、意識を腹部に集中させた。
 すると、ベルト状のデバイスが現れる。右手でデバイスの二カ所のスイッチを入れて、
「変身!」
 ポーズを決めた。このモーションは必要ないんだが、気分の問題として。
 ぱあっとベルトを中心に体内が光り、光が消えたときにはメタリッカーがそこにいた。
 まったく、忌々しい。
 人体の能力を超えた速度でXに駆け寄り、丁度今まさに通行人に危害を加えようとしていたそいつを飛び蹴りの要領で蹴り飛ばした。
「メタリッカー!!」
 誰かが叫ぶ。
 ここで口上の一つでも述べられたらかっこいいのだが、あいにく銀次にそんなセンスはない。あったとしても本日三回目の今、そんなことをする気はない。
 熊のような形をしたXを睨む。
 いくら薬が効いているとはいえ、今日三回目のレーザーソードを使う気分にはなれない。さすがにそれは躊躇う。体の中で暴れ出すんじゃないかと、不安になる。最近、薬のおかげで痛みから離れていたから、余計に怖い。
 だからここは、時間をかけてでも、素手で倒してやる。
 飛び蹴りの衝撃から起き上がったXに対して、連続で蹴りを加える。
 公園にいた親子連れが悲鳴をあげる。
 ええい、いいから早く逃げろ。やりにくくて仕方ない。
 親子連れを気にしたら意識がXから一瞬逸れた。それを見逃さず、Xが銀次に向かって右手を振るう。咄嗟に避けたが、避け切れず、少しの衝撃。バランスを崩してたたらを踏む。
 その隙にXは、親子連れの方に向かった。巨体に似合わず、意外と俊敏な動き。
「逃げろっ」
 咄嗟に叫ぶ。
 銀次の声に我にかえったのか、母親は小さな娘の手を引いて走り出す。さらに小さな赤ん坊を抱えているから、その娘を抱き上げることは出来ないようだ。
 足がもつれて、娘が転ぶ。
 銀次もそちらに向けて走り出すが、Xの方が早い。
 しまった、間に合わないっ。
 今まさにXが、少女に向かって右手をあげる。あれを生身の人間が喰らったらひとたまりもない。
 だけれども、間に合わない。
 絶望感に襲われたとき、
「!」
 びーびーびーという、大きな電子音が、背後でした。
 気になったのか、Xが振り返る。
 銀次も音の正体が気になったが、それよりも先に駆け出す。Xが視線を逸らしたのは、一瞬だった。けれどもその隙を見逃さず、駆け寄るとXを殴り飛ばした。
「大丈夫?」
 聞き慣れた声。
 そんなこったろうと、思ったけどさ。
 ちらりと視線を向けると、アリスが倒れた少女を起き上がらせるところだった。
「ごめん」
 銀次の視線に気づいたのか、アリスは片手をあげる。謝るように。
 銀次は何も言わず、ただ代わりに軽く頷いて、Xに向き直った。
 きっと、アリスの持っていた防犯ブザーの音だろう。聞こえる電子音は。
「はやく逃げて」
 アリスが親子連れを促している声がする。助けられてよかった。
 これで公園には誰もいない。心置きなく倒してやる。
 起き上がりかけたXに立て続けにパンチを喰らわせる。そのまま飛び上がると、
「メタリッカー・スパイラルキック!」
 回転を加えたとび蹴りを喰らわせた。
 少しの間のあと、Xが塵になり、消える。
「白藤」
 少し離れたところからアリスに呼びかけられる。
 親子連れは無事に逃がしたようだ。
 アリスに近づこうと一歩を踏み出しかけて、止める。
 違う、まだいる。
 これで、終わりじゃないっ。
 アリスのいる方に、まだ何かいる。
「お嬢様っ」
 叫んで駆け寄ろうとする。
 不思議そうな顔をするアリスの目の前に、ばさりと、大きな黒い羽根を広げて、鳥形のXが舞い降りた。
 空に、居たのかっ。
「お嬢様っ」
 アリスの目が驚愕に見開かれている。
 銀次が跳躍し、そのXを蹴り倒すよりもはやく、
 ばさり、
 大きな羽音がして、アリスの体が横にふっとぶ。その大きな翼ではたき飛ばされ、地面に叩き付けられる。
 その光景にかっと頭に血がのぼった。
「レーザーソード!」
 細かいことなんて考えずに武器を使用し、目の前のXを一撃で叩きのめすと、変身を解除してアリスの元に駆け寄る。
「お嬢様っ!」
 傍らに跪く。
「お嬢様っ!」
 彼女は目を覚まさない。
「お嬢様っ!」
 じわり、と頭部から血がにじんだ。
「アリスっ!!」