そのメールが来たのは、アリスが怪我をしてから三日後だった。
 あの日以降、Xはぱったり姿を現さなくなり、鈴間屋拓郎は何を企んでいるのかと、懸念していたときに来たメールだった。
「大バカくそやろう」
 アリス、銀次、シュナイダーに届いたメールを読むと、アリスが苦々しげに呟いた。
 鈴間屋拓郎から送られて来たメールは、今日の昼に手持ちのXを全部放つ、というとんでもないものだった。
「予告してくる、とか遊んでるんでしょ。あのくそばか」
 ケータイを叩き折りそうな勢いで、机に叩き付けながらアリスが言う。
 同じくケータイ片手に届いたメールを見ながら、銀次とシュナイダーもアリスの部屋に居た。
「どうやら、銀次君のXの進行が、鈴間屋拓郎の意にそぐうものではなかったようですね。だから、いっぺんに送り込む、と」
「確かにこの間みたいに、一日に何体も相手にすると、薬が効く限度ってものがありますよね」
 シュナイダーの言葉に銀次も淡々と事実を返す。
 アリスの眉がぴくりと動いた。
「……それ、本当?」
 そして伺うように尋ねてくる。
「はい」
 頷くと、
「……そう」
 溜息をつきながらそう呟いた。
「それは、やだな」
 小さな声がその唇からこぼれ落ちる。
「……なんで白藤ばっかり」
 さらに小さな声で言われた言葉に、心臓が跳ねる。ああ、そんなことを思っていてくれたのか。自分ばっかりが犠牲になっていると、心配してくれていたのか。
 アリスは呟くと、そのまま両手で顔を覆う。
 彼女を傷つけることは、心配をかけることは本意ではなかった。だからといって、このままで居るわけにもいかない。逃げ出すわけにもいかない。
 鈴間屋拓郎が現在飼っているXの量がどれほどだかわからないが、放置していたらアリスだって無事ではすまされないだろう。そんなわけにはいかない。
「お嬢様」
 顔を覆ったまま動かないアリスを呼ぶと、
「なに」
 彼女はゆっくり顔をあげた。
 泣いてはいなかった。ただ、何かに耐えるように唇を噛み締めていた。
「とめないでください」
 はっきりと告げた。
 それに、自分は犠牲になっているわけではない。そんな風には、今は思っていない。今は寧ろ感謝している。大切な人を守れる力を手に入れていることを。自分自身の力で、アリスを守ることができることを。
「……勘違いしないで」
 アリスも真っすぐに銀次を見つめ返した。
「誰も行くな、なんて言っていないわ。ただ、世間なんていう曖昧なもののためじゃなくて、白藤」
 ゆっくりと、はっきりと、いつもの勝ち気な言い方でアリスが続けた。
「私のために戦いなさい。そうして、ちゃんと全てが終わったあと、私の無事を確認しなさい」
 少しだけ笑う。
「これは命令です」
 ああ、そんなこと。
「言われなくてもそのつもりです」
 微笑み返す。
 そうやって、決意したのだ。すでに。
「私はお嬢様をお守りします」

 失礼します、と銀次が部屋をでていった。
 ふぅっと息を吐きながら、アリスは椅子にもたれかかる。
 ここにきて優里がいっていた意味がわかった。
 銀次には、自分を守るために戦ってもらいたい。それは自分の気持ちを満足させる意味もまるし、彼に帰って来ることを強要させることができる。
 銀次が自身を犠牲にして世界を守っても、アリスの心は守れない。それは銀次だってわかっているだろう。だから彼は帰って来る。
 そう、未来を押し付けた。
 無責任に。
「……お嬢様」
 控えていたシュナイダーが、そっと、伺うように声をかけてくる。
「なにしているの、行くわよ?」
 シュナイダーの声に、アリスは振り返ると、不敵に笑った。
 無責任に未来を押し付けた、その責任を今から多少はとりにいこう。全部はとれないけれども、少しぐらいなら。
「いくら私だって、ただ守られるだけのお姫様じゃないんだから」