走ってくるXを避ける。 はやい。 自分よりも。 拳と拳がぶつかり合う。 力も向こうの方が強い。 とんっと後ろに飛び、距離を取り直す。 ああ、なるほど、最高傑作、か。 その言葉の意味を思い知る。 人間の体が、人間の意思が、白藤銀次が無意識にストッパーをかけているメタリッカーと違い、すべてがXの思うままであるXは格段に強い。 このままじゃ勝てない。 デバイスを操作して、レーザーソードを呼び出す。 斬りつけようとするのを、蹴りで薙ぎ払われた。 相手は強い。だからってひいてはいけない。 さらに畳み掛けようとXに近づいたところで、 「ぐっ」 痛い。 久しぶりに感じる腹部の痛みに、足が止まった。 力の使い過ぎで、薬の効果が切れた。 今まで抑え込んでいた分も揺り戻しがくる。 押さえつけられていた銀次の中のXが、自由気ままに動くXを見て不満の声をあげる。俺も外に出せと、もっと自由にさせろと。 暴れている。 痛みが上に這い上がって来る。 ざわり、と心臓の方に何かが触れたような痛みが走る。 これ幸いと襲いかかってくるXの攻撃を、床を転がるようにしてかろうじてかわす。 痛い。 意識が飛びそうになる。 からり、と手からレーザーソードが落ちた。 「ふははははは」 笑い声がする。 いつかのように。 鈴間屋拓郎の笑い声が。 「意地をはるのはやめたまえ、白藤」 声がする。 確かに、意識を手放してしまえば楽になれるだろう。そう思う。 痛い、痛い、痛い。 「うっ」 だけれども。 意識を手放してしまったら、それこそ鈴間屋拓郎の思うつぼだ。彼が理想のXを二体手に入れることになるだけだ。 震える手を伸ばして、レーザーソードを掴み直す。 壁に寄りかかりながら立ち上がる。 だから、俺は。 Xの攻撃を、レーザーソードで受けた。 衝撃に体が震える。痛みが増す。 それでも。 「俺はっ、帰るんだっ」 ぐっと力を入れて、レーザーソードを握りしめる。 痛みで集中力が切れそうになるのをごまかしながら、意識をレーザーソードに集中させる。 「俺はっ、お嬢様の、運転手だからっ」 不安そうな顔をしながらも送り出してくれたアリスのことを思い出す。 世間を敵にまわすような発言をしてまでも自分のことを気遣ってくれたアリス。 彼女の思いに応えなければいけない。 帰らなくちゃいけない。 「負けるわけにはっ、いかないんだっ!!」 吠える。 鈴間屋拓郎が驚いたような顔をしているのを視界の端に捉える。 あんたの妻への思いがどんなもんだか知らない。世界中を敵にまわしても、世界全てを失っても、鈴間屋美里を生き返らせたいという、鈴間屋拓郎の思いがどんなものだかは、知らない。 そんなものに、自分のアリスへの思いは負けないっ。 「これでっ、終わりだぁぁぁ」 大声で痛みを追い払うと、レーザーソードを振った。 「メタリッカースーパークラッシュっ!」 ざんっと音をたててXを斬る。 少しの間のあと、Xの体が塵となって消えた。 もうXの気配はしない。 地上に残して来た他のXたちも、どうやら一掃されたようだ。 あっけにとられたような顔でこちらを見てくる鈴間屋拓郎を見据える。 「諦めろ」 あんたのペットはもう居ない。 「責任をとれ」 ばかばかしい世界征服計画の責任を。 言いながら近づく。 拓郎は怯えたような顔を一瞬したが、すぐに高笑いをしだした。 気でも狂ったか? 怪訝に思っていると、 「詰めが甘いな、白藤。私を捕まえたいのならばそれでもいい」 だがな、と拓郎は笑う。嘲笑う。とても、悪役然とした笑みだった。 それになんだか、嫌な予感がする。 「私が捕まると、スズマヤコーポレーションはどうなる? アリスは?」 言われた言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。 ああ、そうか。諸悪の根源は鈴間屋拓郎個人である、と銀次は思っている。しかしそれは、アリスの傍にいる銀次の考えだ。世間はどう思うか。スズマヤコーポレーション代表取締役社長の悪行は、スズマヤコーポレーションに対する評価に繋がる。 会社がなくなったとき、アリスはどうするのか。 父親が犯罪者となったとき、娘であるアリスはどうなるのか。 そんなこと考えなかった。 そうか、そうしたらお嬢様は。 あと少し、手を伸ばしたら拓郎が捕まえられる場所にまできても、銀次は拓郎を捉えることができない。 これでは結局、アリスを守ったことにならないのではないだろうか。 そんな思いが胸を過り、 「バカじゃないの?」 背後から聞こえた声が、それを遮った。 「アリス……」 「お嬢様」 背後にシュナイダーを従えた、鈴間屋アリスがそこに居た。 「バカじゃないの、くそ親父。ばーかばーか」 子どものようにアリスは拓郎を煽る。 「何がバカだというんだっ」 「私がそれを考えなかったと思っているの?」 怒鳴る拓郎をアリスが鼻で笑う。 「研究バカのあんたよりも、経営は私の方が得意なのよ? 鈴間屋の被害が最小限になるように、手は打ってあるのよ」 そうして彼女は、いつも勝ち気な笑みを浮かべ、銀次を見る。 「だから白藤、気にせずひっとらえなさい」 いつものように命令されて、勝手に体が動いた。 逃げ出そうとでもしたのか、動き出した拓郎の腕を素早く掴む。 「いっ」 痛かったのか、拓郎が悲鳴をあげるがそんなことは気にしない。腕の一本ぐらい、折れるぐらいで丁度いいだろう。 「アリスっ! じゃあ白藤はどうなるんだっ! メタリッカーだってばれたら世の中の研究機関が放っておかないぞ!」 拓郎が叫ぶが、それはもうどう考えても負け犬の遠吠えだった。 「それで世界が平和になるなら安いもんですね」 だからそれには銀次が淡々と答えた。 「そうはならないわよ、白藤。例え、会社を駄目にしても、貴方は守る」 アリスが微笑みながら頷いた。 「貴方が私を守ってくれたように」 その笑みがむず痒くて、視線を逸らす。 拓郎はまだ納得してないのかぎゃんぎゃん叫んでいるが、銀次はそれを無視することにした。Xが居ない拓郎など、ただの中年おやじにしか過ぎない。 「しかし、お嬢様。どうするんですか、これ」 警察に突き出すにしても、どう説明したものか。 「もうすぐ来るわよ」 アリスが答える。 何が? と思っていると確かにいくつかの足音が聞こえてきた。 しばらく待っているとアリスの後ろから、何人かの警官が現れる。 「待ってたわ」 それにアリスが微笑み、 「連れてきました、アリスお嬢様」 一行の一番後ろから、優里とスーツ姿の男があらわれる。その男と優里の顔のパーツはどこか似ている。 「ご無沙汰しています。朝見刑事局長」 「愚妹がお世話になっているよ」 朝見と呼ばれた男が返事をし、優里が不愉快そうな顔をした。 ぽかんとしている銀次に気づいたのか、アリスが説明してくれる。 「優里のお兄さん。全国の刑事警察行政の責任者である刑事局長なのよ」 「……はぁ」 間抜けな返事を返す。そんなこと、知らなかった。 「別にとりあえず戸籍上兄なだけです。優里は兄だと思ったことはありませんし、アリスお嬢様にお使えするようになってから、朝見の家とは縁を切ったつもりです」 不満そうに優里がいう。 「家出して、行く当てがなくて、それをお嬢さんに拾ってもらって、かろうじて住み込みで雇ってもらっただけのものがよくいう」 兄の言葉に、優里がぐっと言葉に詰まる。 優里が言葉に詰まるところなど、銀次は初めて見た。 「さてと。それじゃあ、身柄はお預かりします」 朝見の合図で、警官達が拓郎を取り囲み、手錠をかける。銀次から拓郎を受け取ると、連行する。 「それでは。あとは手はずどおりに」 と立ち去ろうとするのを、 「待って」 アリスが呼び止めた。一行の動きが止まった。 「くそばか親父に最後にこれだけは言いたくて、ばーか」 拓郎は返事をしない。それに構わずアリスは続ける。 「大体本当、大バカよ。世界を犠牲にして蘇って、ママが喜ぶなんてそんなこと、あるわけがない。それで喜んだのならば、それはママじゃない。ママの形をした偽物だよ。なんでそんなこともわからなかったの?」 ほんの少し、涙を含んだ声でアリスは続けた。 「パパ」 |