そんなこんなで当日である。 美作さんが借りてきてくれたレンタカーに、備品やら商品やらを詰め込んで、国際展示場を目指す。 「美作、免許持ってたんだねー」 と、さすがに早起きした峯岸が、それでもあくびまじりに言った。 「一応ね。フリマとかイベントいくのに、必要だしさ」 「あーそっか」 と、再び大あくび。 かろうじて化粧は終わったようだが、髪の毛は一つに結ばれただけだ。お団子頭じゃない峯岸とか、滅多にみないよなぁ、そういえば。 会場にたどり着き、ブースの設置をはじめる。テーブルの上に白いテーブルクロスをかけてカバー。テーブルの下には在庫のはいったダンボールを押し込んだ。 「全部は並べないの?」 「二日あるからね。万が一、初日で全部売り切れたら問題でしょう」 「そんなことあるかなー」 「可能性の問題として。それに、仮に全部並べたら売り場がごちゃごちゃしちゃうじゃない。見にくくなるのはマイナス。いいからそれ、並べて」 「はーい」 ネックレスの類いは、壁につるすようにする。ピアスやイヤリング、ストラップなんかは種類別にテーブルの上に並べる。 「ちょっと段があった方がいいか」 並べてみると、奥の方のものがとりにくいことに気がついた。 小分けにした商品をいれていた小さな箱を、テーブルクロスの下に滑り込ませ、段差をつけた。これで多少は、奥の方のものもとりやすくなっただろう。 「三島さん」 声をかけられてそちらを向く。壁に峯岸が描いた看板の絵を設置する作業に従事していた美作さんが、台に乗って、少し高いところから尋ねてきた。 「こんな感じ?」 少し離れてそれを見る。 「右が、もうちょい上」 「はいはい」 「あ、そこそこ」 「おっけー」 手慣れた様子で看板を設置してくれた。うん、やっぱりこの絵、いい感じ。 峯岸も私の隣にやってくると、それを見上げて満足そうに頷いた。 それから大きなポケットのついたエプロンドレスからケータイを取り出すと、ぱしゃりとそれを一枚とった。 「うん」 それをみて満足そうに頷く。 「ほーら、峯岸。まだまだこれからだよー。手、動かして」 「はーい」 テーブルと、それから峯岸のトランクを使って商品を並べる。 と、ここで重大なミスに気がついた。なんで今まで気がつかなかったのか。 「……三島?」 顔色が変わった私に気づき、峯岸が小首を傾げる。 「レジの場所、考えてなかった」 額に手をあてて溜息。販売する以上、袋などの備品や釣り銭を置いておく場所が必要なのに、考えていなかった。 「あ」 峯岸が大きく目を見開く。 「ごめん、私のミスだわ」 「でも俺等も気づいていなかったから」 「ううん」 ブースのレイアウトについては一任されていたはずだ。せっかく、頼まれていたのに、忘れてしまった。また失敗した。 唇を軽く噛む。 「みーしーま」 と、ばしっと勢いよく峯岸に背中を叩かれた。 「ぼさっとしない!」 目を三角形にした峯岸が、そこにはいた。つんっと澄まして彼女は続ける。 「今ある物で考えなくちゃでしょう! あたしと美作じゃ思いつかないんだから、ほらほら、考えてー」 言いながら右手を掴まれ、がしがしと揺すられる。 他力本願にも思えることば。でもこれが、私に発破をかけようとした、峯岸なりの気遣いなことを、私はもう知っている。 そうだ、こうやって俯いていても仕方がない。どうするか、考えなくっちゃ。 唇を噛むのをやめて、ブースを見回す。 壁があって、それにくっつけるようにして真ん中にテーブルを置いている。 「テーブルと、壁を離そう。少し、人が一人、はいれるぐらい。それから、少し、左右のどっちかに寄せて」 言うが早いが、峯岸と美作さんが、何もいわずにテーブルを動かしてくれた。少し左より、人が一人入れるぐらいのスペースをあけて。 何も言わずに行動してくれている。これを信頼の証とうけとらず、どうするのか。 それに答えなくっちゃ。 峯岸や美作さんみたいな才能はないけれども、私だって二人の役に立ちたいのだ。二人が大好きだから。 テーブルの下に置いてあったダンボールを引きずりだすと、テーブルと壁の隙間に置いた。しかし、こうなってくると、両脇の壁も借りた方がよかったかもしれない。今更いっても、仕方のないことだけれども。 「峯岸、ストール持ってきてたよね? 借りていい?」 「勿論」 全部でダンボールは三つある。明日の分をつめてあるものを下におき、その上に一つ重ねる。それを端っこに置き、その内側にもう一つのダンボールをくっつけておいた。その上に、峯岸から借りたストールをふわっとかける。 とりあえずこれで、目隠しぐらいにはなるだろう。 「ごめん、このネックレス、そっち側になおしてもらっていい?」 折角セッティングした、壁にかけたネックレスを、ブースの右側の壁に移動するように頼むと、軽く頷いただけで二人は従ってくれた。 奥の高い方のダンボールの方に、袋やテープなどの備品をならべ、低い方のダンボールに釣り銭を置いた。 「なるほどねー」 横から見ていた峯岸が呟く。 「付け焼き刃だけどね」 「だーから、自信持ちなよ、三島。これ、あたしたちじゃ出来ないんだからさ」 軽く唇を尖らせて、不満そうに言われる。その優しい言葉に、軽く頷いた。 テーブルを出してしまった分、外にはみ出しそうになったトランクは、その分をテーブルの下にいれることでごまかした。 一度、通路の方にでてブースを眺める。最初に思い描いていたものとは違うが、まあ、及第点だろうか。 「本当、三島さんが来てくれていてよかったよ」 隣で同じようにならんでブースを見上げていた美作さんが言った。 「え?」 峯岸は、わーいとかはしゃいだ声をあげながら、写真をとりまくっている。 「俺と峯岸さんだけで来ていたら、やっぱり咄嗟のことに対処できない。三島さんがいてくれてよかったよ」 「……またまた、イベント慣れしていらっしゃるじゃないですか」 恥ずかしくてそうまぜっかえすと、 「三島さんさ、俺のイベントのテーブル、知ってるでしょう?」 呆れたように言われた。 まあ、確かに、最初に会った時。あの神社での手作り市の時、ただただテーブルにばぁっと並べて、釣り銭も隠すことなくテーブルの上に置いていて、もうちょい考えればいいのに、と思ったことは思った。 でもあれは、あれが美作さんの味だと、思ったんだけれどもなぁ。 「なんにしても」 腕時計に視線を落とす。もう、開場の時間だ。 「お役にたててよかったです」 「まだまだ、これからだよ」 「二日間、よろしくね!」 峯岸も振り返って笑った。 商品の販売、金銭のやりとりなどは、基本的に私が行うと決めていた。それぞれ他のブースを見て回ったり、休憩のときは別の人に代わってもらうけれども。 それは、他の二人に金銭の授受を行わせることが不安だ、という意味なんかではもちろんない。 二人には、訪れた人に自分の作品を十分に、気兼ねなく、説明する時間を持って欲しかったからだ。 私に出来るのは、裏方だから、裏方に徹しようじゃないか。 そもそもこれは、いつもの私の仕事に他ならない。 「折り紙でできているんですよ。折り紙の風船」 「へー、こんなに小さいのに。雨に濡れたりしても平気ですか?」 「一応、レジンでコーティングしてありますから、大丈夫ですよ。風船の場合、中が空洞じゃないですか」 「ええ」 「だから、他のとは違ってソフトタイプのレジンっていうのを使っているんです。固まってもある程度柔らかいから、多少の圧力を加えても折れたり割れたりしませんよ」 「へー」 美作さんの説明を受けていた女性は、オレンジベースの峯岸の絵で作った、折り紙の風船のネックレスを何度か手の上で転がしてから、 「うん、じゃあ、これ、お願いします」 笑って美作さんに差し出した。 「ありがとうございます」 美作さんがそっと私にそれを渡してくる。 「こちらで」 私は女性を促すと、会計を済ませた。壊れないようにそっと扱い、袋に入れる。クラフト紙でできた、持ち手のついた小さな紙袋は、Insulo de Triでいつも使っているものと同デザインだ。 一つ違うのは、いつもならInsulo de Triというロゴをいれてもらっているところに、mine meのロゴが入っていること。シール台紙にプリンターで印刷したロゴを貼っただけのもので、直接印刷しているInsulo de Triの袋と比べれば、いくらか劣る。それでも、ピンク色のロゴが入ったその紙袋は、可愛い、と思っている。 紙袋の中には、峯岸と美作さんについての説明、mine meの説明と、Insulo de Triの地図を書いたチラシが入っている。Insulo de Triの地図をいれることを、最初は固辞したのだが、二人が、 「いや、後日欲しいと思った時に、買える場所のお知らせって、やっぱり必要だと思うよ?」 「っていうか、mine meじゃなくって、MIMIMIだって言ったじゃん! なのに、袋のロゴmine meで作っちゃうしさー!」 「三島さんもMIMIMIの一員なんだからさ」 と言われて、お言葉に甘えることにした。 これでInsulo de Triに来てくださる方がいれば、万々歳だし。 「ありがとうございましたー」 袋を渡し、送り出す。 「えっと、これは、油絵です」 峯岸は峯岸で、看板の絵について何かを話している。人見知りする彼女だが、なんとかやっているようだ。つっかえつっかえながら、話が進んで、作った名刺を渡している。 二人の名刺は、テーブルの端っこ、とりやすい位置にご自由にお持ちください、といった体で置いてある。 美作さんのは、名前とメアドが書いてある裏に、いくつか作品の写真が載っているものだ。 峯岸のは、同じように連絡先と、イラスト投稿サイトのナンバーが記載されている。裏面にはInsulo de Triに飾られているのとおなじ、あのコードのはえた猫の絵が描かれている。これ、気に入っているのか。 大盛況、というのは違うかもしれない。現に、隣のブースの方が大にぎわいで、スルーされがちなところがある。 けれども、それなりにひっきりなしにお客さんがいらっしゃって、二人の話を聞いてくれていた。 峯岸の顔が徐々に綻んでいって、それにいつになく手応えを感じる。あの人見知りの峯岸が、だんだんはきはきと話すようになっている。 それをみて、これは峯岸にとっては間違いなく成長で、いい結果だな、とこっそりと思った。 彼女、がブースに来たのは、二日目のお昼過ぎだった。丁度、美作さんがお昼休憩に入っているころ。 「あれー」 最初に気づいたのは、峯岸だった。嬉しそうに彼女の名前を呼ぶから、びくっとして私も顔をあげた。 「こんにちは」 最後に会ったときの怒った顔とは違い、少し微笑みながら彼女は言った。十月いっぱいで納品をやめると、mine meの二人を贔屓しすぎていると言っていた、彼女。 「こんにちは」 曖昧に笑う。 「いらしてたんですね」 「ええ」 笑う彼女は既にいくつかの袋を持っている。決して、私達を偵察するためだけではない。そんな当たり前のことを確認して、安堵の息を吐く。 「あ、なんで納品やめちゃったんですかー。あたし、大好きだったのに」 あなたのアクセサリー、と屈託なく、峯岸が言った。それにぎょっとする。 彼女も少し驚いたように峯岸を見た。それからちらりと私を見るから、私は慌てて首を軽く横に振った。 彼女は私に小さく頷いてから、 「色々とありまして。また、どこかでお会いしたらよろしくお願いします」 極めて社交的な挨拶をしてくれた。それにほっとする。この前みたいなことを、直接峯岸に言う気はないらしい。 「はい、是非」 峯岸が笑顔で頷いた。 彼女はまた違う理由で、驚いたような顔をした。その顔の意味はよくわかる。普段むすっとしているか、つんっと澄ましている峯岸が、こんな風に積極的に他人に話かけることなんてないからだ。 「……なにか、変わりました?」 思わず彼女がそう峯岸に尋ね、 「へ?」 自覚がないのか、峯岸は不思議そうな顔をした。 「いいえ」 それ以上話を続ける気はないのか、彼女は軽く首を横に振った。 それから私を見て、 「商品、火曜日に取りに伺うのでも、よろしいですか?」 「はい」 残った在庫の引き取りか。気持ちがおもーく、暗くなる。 「それじゃあ、お伺いしますね」 言って彼女は、気持ちを切り替えるように、ブースを見回した。その視線が、一カ所で止まる。 峯岸の描いた、看板。 「これ、LiLicaさんが?」 「ああ、はい」 峯岸は誇らしげに頷いた。 「それね、ちょっと離れてみてもらってもいいですか?」 ああ、本当に今の峯岸はご機嫌だ。自分から、対して仲の良くない人にこんなことを言うなんて。 彼女は少し首を傾げながら、言われたとおり少しブースから離れてソレを見上げ、 「……あら」 少し、驚いた声をあげた。 「どうです?」 峯岸が勝ち誇ったような声をあげる。 「……ミミミ?」 彼女が小さく呟いた。 「mine meじゃなくて?」 「三島と峯岸と美作で、MIMIMIなんです」 何も気負わず、峯岸が答える。 「……そう、三島さんも」 彼女は小さく呟いて、何かを考えるような表情をした。それを怪訝に思ったが、問いつめることもできないうちに、 「素敵な絵ですね」 彼女は、峯岸に笑ってそう言った。峯岸が嬉しそうに微笑む。 そのまま彼女は、どうしたらいいかわからない私を残し、mine meのストラップを一つ買って帰っていった。 「びっくりしたねー」 彼女が帰ったあと峯岸がそう話かけてきたのに、 「本当にね」 曖昧に笑って返すのが精一杯だった。 |