美作さんが、ネックレスとブレスレットを作ってきてくれたのは、それから三週間後のことだった。
 ようやくポストカードを刷り終え、納品を終えた峯岸が、暇なのか閉店時間になってもだらだらとテーブルに座って喋り続けているところだった。ちなみに、そのときの話題は、シャンプー難民の峯岸がいいシャンプーを見つけたとかいう、すっごくどうでもいい話だった。
「今、いいですか?」
「美作さん。どうぞ?」
「あ、よかった、峯岸さんもいた」
「美作、どうしたのー?」
「はい、これ約束の」
 そういって美作さんは峯岸にネックレスを手渡した。
「わっ、マジで作って来てくれたんだ!」
 ぴょんっと峯岸が立ち上がる。そして早速それをつけた。赤を基調にしたそのネックスレスは、ぱっと見、売り物と比べても遜色ない。
「やった! ありがとう」
「どういたしまして。三島さんも」
 はいっと渡されたブレスレットを受け取る。峯岸と同じデザインを緑にして、ブレスレットにしたもの。
「あ、かわいい。……ありがとございます」
 早速それを左手に巻いて、目線の高さまであげる。うん、かわいい。
「気に入ってもらえてよかった」
「本当! ありがと!」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
 そのまま、なし崩し的に美作さんもテーブルについて、峯岸と話はじめた。二人の会話をバックに、閉店作業を進めていく。
「しっかし、いいなー、美作は。アクセサリー作れて」
 嬉しそうに何度もネックレスを指で弾きながら峯岸が言う。
「あたしに出来るのは絵を描くことだけだからなー」
 その不遜とも言える峯岸の悩みに、唇が思わず皮肉っぽく歪む。から、慌てて二人に見えないように背中を向けた。
 絵を描くことだけ?
 絵を描けて、それ以上なにかを望むの?
「すればいいじゃん、アクセサリーに」
「は?」
 美作さんの放った、あっけらかんとした言葉に、峯岸が驚いたように言葉を返す。
「すればいいじゃんって、何」
「できないこともないよ。やってみる?」
「えっ、えっ」
 峯岸が珍しく、慌てたように声をあげた。

 美作さんの家は、黒を基調にしたシンプルな部屋だった。生活感が乏しい。
 のは、部屋を入って手前側だけ。奥の方、本棚と暖簾で隠すように、区切られたスペースは、ちらりと覗くだけでもとっても散らかっていた。
「ちょっと待ってね」
 美作さんは言いながら、その区切られたスペースの中に入っていく。
 私と峯岸は、部屋の手前側、カーペットの上に並んで座った。峯岸は遠慮なく辺りをきょろきょろしている。
 ……なんでこんなことになったのか。
 私もなんとなく天井を見上げる。
 美作さん曰く、峯岸の絵を使ってアクセサリーを作る術があるそうだ。それを聞いた峯岸はやってみたいと答え、じゃあうちでやってみる? という流れになっていた。その流れをなんとなく不愉快に思っていると、
「三島も行こう!」
 あんたの家じゃないだろ、とつっこむ間もなく峯岸に腕をひっぱって連れてこられた。
「一人じゃ不安だし、なんか面白そうだし!」
 美作さんは笑って、三島さんもどうぞ、なんて言っていたけれども、ちょっと不満そうに見えたのは気のせいだろうか。峯岸と二人の方がよかったんじゃないだろうか。
 などと思っている間に、お待たせと美作さんが箱を抱えて出てきた。美作さんはそれらを、目の前のテーブルの上に置いた。
 そしてその箱の中から、銀色の円形のものを取り出す。直径三センチぐらい。周りをぐるりと数ミリの高さの枠がかこっていて、お皿のようになっている。
「これは?」
「空枠って言って、ここに絵とか切手とかいれて、レジンを流し込んで固めて、ペンダントトップとかにするんだ」
 円に一カ所、丸い輪っかがついているのは、チェーンをつけるためなのか。
 そっか、うちで扱っているネックレスにもこういったものがある。
 丸かったり四角かったりする枠の中に、外国の切手やレースや、熊のモチーフなんかをセンス良く並べてあるあれ。可愛いし、割と売れ筋商品で、レジンを使っているところまでは聞いていたが、なるほど、最初の段階はこうなのか。
「ポストカード、いい?」
 美作さんに言われて、峯岸が慌てて下から持って来たポストカードを差し出す。納品しなかった分だ。店に飾ってあるのと同じ、猫の背中からコードの羽根が生えた絵のもの。
 美作さんはそれを受け取ると、空枠をポストカードの裏面にあてた。そうして猫の絵の部分が、空枠の真ん中にくるように動かし、
「こんなもんかな」
 呟くと、そっとポストカードを枠の中に押し込んだ。ポストカードが、枠の形に凹んでいく。
 ぽかんっと間抜けに口をあけて、私と峯岸は美作さんの手つきを見守った。
 ポストカードが枠の形に凹み、跡がつくと、美作さんはカッターでそのとおりにポストカードを切り取った。
「あ、それを中にいれるの?」
 峯岸の問いに、美作さんは、そう、と頷く。
 ああ、なるほど。それで固めるのか。
 と思っている間に、美作さんは、今度は修正液を箱から取り出した。
 ……その箱、どれだけものがつまっているんですか?
 修正液で空枠の底を塗り潰していく。
 説明を求めるような私と峯岸の視線に気づいたのか、
「紙って水に濡れると透けるでしょ? レジンにつけたときも同じで、下の金属の色が透けがちなんだよ。絵の色が薄くなって、下の色が透けてきちゃう。下に白い紙をひいたり、まあ俺は大体修正液つかっちゃうんだけど、白い物をいれておくことで絵の状態を保護するんだ。まあこれは銀古美だから大丈夫だと思うけど、一応やっておいた方がいいかなって」
「銀……?」
「こういう銀色のやつのこと。三島さんのブレスレットの金具、銅色でしょ?」
 言われて左手首を見る。峯岸も横から私の手首を覗き込んできた。確かにチェーンの部分などが峯岸の銀色のとは違い、銅っぽい。なんというか、アンティークな色合いだ。
「それが銅古美。それの空枠を使うときは、絶対にこれをやらないと、絵が殆ど沈んじゃうね」
「へー」
 言っている間にも、修正液が塗り終わった。
 美作さんは、次に木工用ボンドを取り出し、枠に薄く塗ると、そこに峯岸の絵を載せた。
「途中で動かないように」
「なるほど」
 そして箱の中から、横二十センチ、高さが十五センチぐらいの何かの機械を取り出す。白くてドーム型になっている。奥行きは十センチぐらい? 片面だけ空いていて、中に入れるようになっている。中は下が銀色になっていた。
 というか、こんな機械、どこかで見たことが……。
「ジェルネイル、わかる?」
「ああ、はい」
 大学の時、友達のお姉さんがネイリストの卵で練習台として何度かやってもらった。普通のネイルよりも持ちがよくて、UVライトをあてて硬化させていた。
「あ、そっか。あの機械に似てるんだ」
 あの時、似たような機械に硬化するまえにジェルネイルを塗って、いれていた。中でUVライトが出て、ジェルネイルが固まる。
「そうそう。それと同じ。UVライトをあてるんだ」
 ほらっと美作さんが横についていたスイッチをいれると、ぱっと中が青く光った。中に蛍光灯みたいなのがついている。
「俺が普段使っているレジンは、二液混合型なんだけど、あれだと固まるまでに二十四時間ぐらいかかっちゃうからさ」
 と言いながら美作さんが取り出したのは、十センチぐらいのプラスチック製のいれもの。黒っぽくて、先っぽが細くなっている。
「これはUVレジンって言って、その名のとおり紫外線で硬化するんだよ」
 空枠にそっと、容器の中のものを注ぎ込む。わずかに粘着性のある透明の液体が流れ込んだ。美作さんはそれを爪楊枝で平らにすると、入り込んでいた気泡を、同じく爪楊枝で潰している。
 その横顔が真剣で、思わずそっと息を吐く。
 前に仕事風景を見せてもらったときもそうだったが、普段は穏やかに笑っているのに、アクセサリーを作っているときは真剣な顔をしている。
 その横顔に、弱い。
 とか思っている間に、気泡を全部潰し終わったらしい。美作さんは空枠をそっと、機械の中に入れた。
 青い光が万遍なく、空枠にあたる。
「紫外線だから太陽光でもいいんだけどね。もう夜だし、これで」
「へー、おもしろーい」
 峯岸が弾んだ声をあげながら、機械の中の空枠を眺める。
 さっきから峯岸の視線はずっと空枠に向けられていて、美作さん本人にはちっとも向いていない。
 そのことに、安心すると同時に、自分が酷く汚い人間な気がしてしまう。峯岸は彼の才能を、技能を見ているのに、私は彼本人を見ている。そのことがどうも、下世話な気がしてしまうのだ。
 数分後、美作さんは空枠を取り出し、同じようにレジンを流し込んだ。それを何度か繰り返すことによって、レジンの中央がぷっくりとする。
「はい、できた」
 美作さんがそう言って、完成品を峯岸に手渡す。
 空枠の中に入れられた峯岸の絵は、中央がぷっくりとふくらんだ、透明の堅いものに覆われた。ぱっと見、透明の硝子の中にはいっているようにも見えるが、硝子とも違う。
「落としても割れないし、そうそう傷もつかないよ。まあ、経年劣化はするけどね。黄ばんだりとか」
「へー」
 枠の中におさめられた峯岸の絵は、ポストカードで見るのとはまた違った印象だった。
「それ、どうする? ネックレスか、ストラップが妥当なとこだと思うけど」
 大きいからピアスには向かないかなーと、美作さん。
 峯岸は少しそれを眺めてから、
「じゃあストラップ。自分の絵を首から下げるのってはずかしいし」
 とすこぶる本末転倒なことを言った。自分の絵でアクセサリーをつくりたいといったのは、峯岸でしょうに。
「はいはい」
 慣れた調子で箱からニッパーなどの工具を取り出した美作さんは、丸カンでストラップのヒモの部分と繋げ、それを立派なストラップにした。
 おまけに、ピンク色の丸い石を一つつける。絵の色合いと合っていて、可愛い。
「ローズクォーツ。恋愛運があがるらしいよ」
「マジで? やった」
 その石を人差し指で弾くと、峯岸が笑った。
 恋愛運、ねー。
 訊いたことはないけれども、峯岸は誰か好きなひとがいるんだろうか。
 はしゃいだように笑う峯岸を、優しそうに微笑んで見守る美作さんを見る。
 例えば、美作さんとか?
 自分で考えていて憂鬱になって溜息を一つ。もしそうならば、紛うことなき完敗だ。って、まあすでに負けているけれども。
「でもさ」
 自分のケータイにそのストラップをつけて満足そうに笑っていた峯岸だったが、ふっと真顔に戻り、
「これ、美作っぽくないね」
 つまらなさそうに言った。
「なんか、あたしの絵を美作がいじってくれましたー! ってだけな気がする。これだったら、あたしの絵を渡したら、三島の店にアクセサリーだしている他の人でも作れるもんね?」
「……まあ、そうだね」
 美作さんが苦笑いする。
「この手のものを作っている人は沢山いるからね。勿論、それぞれに個性があって、みんな俺じゃ思いつかないようなパーツの配置をしているけれども」
 と、ここで一つ溜息。
「だから、この手の作品作るのやめたんだ。どう考えても、こういうのを作るのに俺はセンスが足りない」
 そこで美作さんは、うちに納品している作家さんの名前をあげ、
「あの人のは凄いよね。この小さな枠の中に、ストーリー性がある」
「あー、あの童話モチーフの人だっけ?」
「そう。ツバメのチャームとストーンで幸福の王子とか。最近はオリジナルの物語もイメージしていらっしゃるけど」
「あー、確かに、アレと比べるとねー。難しいわねー。なんていうか、没個性っていう感じ?」
 と辛辣な峯岸。
「だろ? この折り紙のやつも気に入っているし」
 と美作さんは峯岸のネックレスを指差し、
「俺はこっちを極めようと思ったわけ」
 そう言って肩をすくめる。
 確かに言われてみれば、峯岸の絵を使ったネックレスも可愛いけれども、これじゃあ美作さんっぽくない。美作さんといえば、折り紙モチーフだ。
 左手を見る。緑をベースにした、色々な柄の折り紙。
 なら、
「折り紙、作れば?」
「ん?」
「折り紙。峯岸が絵を描いて、それを美作さんがこういう感じで加工するっていうのは? それじゃあ、駄目なの?」
 左手を持ち上げて問いかける。
 二人はぽかんっと間抜けな顔をした。
 それにさっと、血の気が引く。
 しまった、何もわからないくせに知ったような口をきいてしまっただろうか。絵も描けないしアクセサリーも作れないくせに。
「あ、ごめ、無理なら」
「みっしま! あったまいい!!」
 私の言葉を遮るように峯岸が言った。大きな声で、立ち上がって。
 その勢いに今度は私が間抜けな顔をする番だ。
「そっかそっか、その手があったか」
 美作さんも頷いている。
「えっと、こういう千代紙的に連続性の細かい絵柄で描けばいいんでしょ? コピー用紙とかに」
「簡単に言うとそうなるね。折れればいいから。あとは、折ったときの絵柄がどうなるか、かな」
「あー、じゃあ何パターンか試して」
「うん。それがいいね。上手く出来たら、それこそ印刷所に頼んで印刷してもらえばいいよ」
「お金ないよ!」
「残念だけど知ってるよ」
 二人でわいわい盛り上がっている。
「え、っと」
 それに恐る恐る声をかけると、峯岸が跳ねるようにして抱きついてきた。
「わっ」
 慌ててその背中を支える。
「三島は本当、サイコー!」
 ぱっと手を離して、笑顔を作ると、
「もうね、超いい感じの作って、Insulo de Triの目玉商品にしてあげる!」
 相変わらずの上から目線でそう言った。
「ね! 美作!」
「目玉商品かはわからないけど、オリジナリティは高くなると思うよ」
「もー! なんでそう低くいうの! 志は大きくなくっちゃ!」
 なんだかよくわからないけれども、あながちとんちんかんなことを言ったわけでもないらしい。
 そのことに行き着くと、ほっと安堵の息を吐いた。