翌週から、二人の作品も店頭に並ぶようになった。 と、ここで問題になったのがブランド名だ。 Insulo de Triの作品には、作家名の他に大体、ブランド名がついている。 美作さんの作家名は普通に名字をローマ字にしたMimasakaだ。ブランド名は、美作、つまり美を作る、make beautyの意味でM&Bだ。 それをそのまんま! と詰っていた峯岸といえば、作家名LiLica、だけだ。あんたの方がそのまんまだろ、峯岸梨々香さん。峯岸としては、Ririkaではなくて、Lilicaなのがこだわりらしいけれども。 「作家名は、Mimasaka&LiLicaでいいとしてさ、M&Bそのままなんて嫌だし、どうしようか?」 と店のテーブルに座って峯岸が呟いた。彼女の間に置かれた紙には、二人の名前がローマ字になったり、ひらがなになったり、英語になったり、漢字をくっつけたり、分解したり、色々といじくられている。 美作さんといえば、俺、そういうセンスないしなーと峯岸に丸投げしている。ように見える。 丁度来ていた常連のお客様が、テーブルでうんうん唸っている二人、主に峯岸をを見て、そっと尋ねてきた。 「あの、あの方達は?」 「あー、お見苦しくてすみません。その、作家です」 説明していいものかと一瞬悩んだが、美作さんは相変わらず手作り市に顔を出しているから顔は割れているし、峯岸も出来るだけ自分を売り込んでくれ、と常日頃から言っている。 「このアクセサリーつくっているのと」 と左手の美作さんのブレスレットを指差し、それから、 「あの絵を描いたのと」 壁の峯岸の絵を指差した。 「その二人です。今、コラボでアクセサリーを作っていて」 「へー、そうなんですか」 常連さんは目を輝かせた。そういえば、この人、美作さんのアクセサリーを何個か買っていったことがあるな。 「このアクセサリーも好きだし、壁の絵もいいなって思ってました。うわー、楽しみ!」 と弾んだ声をあげる。 それに、楽しみにしていてくださいね、と笑いかけながら、心のどこかでなにか黒い感情が沸き上がる。のを、強引に営業スマイルで押し込めた。 そのお客様が帰ると、 「みーしーまー」 行き詰まったらしい峯岸が助けをもとめてくる。仕方なく仕事の手を休めてそちらに向かった。早く決めてとっとと納品してもらいたかったし。 峯岸が書いた紙をとりあげて、眺める。 「別に二人の名前に拘らなくてもいいと思うんだけど」 一応、そういって別の方向性を提示してみたものの、 「そういう縛りつけないと一生決められないよ、あたし達」 なんでそんなことに自信満々なんだろう。 「大体、三島だってこの店の名前、自分の名字からじゃん」 「まあね。だから、私に救いを求めてもセンスないのには代わりないと思うよ」 「だけど、Insulo de Triってなんかお洒落!」 「それ騙されてるよ」 なんて言いながら、紙を上から下まで眺めて、もう一度下から戻って。 一つの文字列で目を留めた。minemi。峯岸のmineに、美作のmiなのだろう。 「これ、いいんじゃない?」 「ミネミが?」 「mineってマインじゃん。英語の」 「I my me mineの?」 「そうそう」 頷くと、峯岸からペンを受け取り、紙の上に書き込む。mine me。 「マイン ミー」 峯岸が読む。 「ローマ字読みするとミじゃなくてメになっちゃうけど。峯岸のミネと美作さんのミの意味だけど、こっちの方が、なんとなく、意味があるっぽくってよくない? 実は全然ないけどさ」 ただ名前をくっつけただけ、に比べたらだけど。 「いい! いい! 三島てんさーい!」 峯岸が手を叩いて喜ぶ。そこまで言われる程ではない。逆に恥ずかしい。 「ね、美作!」 「うん」 美作さんも紙を見ながら頷いた。 「いいね。三島さんに頼んで良かったよ」 そう言って笑う。 それに少し胸が高鳴って、 「じゃあ、納品書お願いします」 それをごまかすために早口で告げた。 納品されたmine meのアクセサリーは、美作さんのアクセサリーの横に並べておいた。ポストカードラックから持って来た峯岸の絵と一緒に並べて、コラボであることを説明するポップを書いた。 評判は、まあまあと言ったところか。 美作さんのファンはある程度ついていて、その人達にはInsulo de Triのオリジナル商品というところが受けた。 それから、峯岸の絵を気に入ってくれている人にも。 今までの美作さんと違うからなんか嫌、という人もいたけれども。 「峯岸さー」 「ん?」 給料日だから、と買い物に来ていた峯岸に声をかける。給料日だからとすぐに買い物にくるから、あなたの財布はいつも軽いのよ、と思う。 天然石を使ったピアスの値段とにらめっこしていた峯岸が顔をあげた。 「mine meのアクセサリーに使っている絵、あるじゃない? あれをポストカード……、まではいかなくてもいいかな。名刺サイズとかに印刷したりできない?」 「できなくはないけど、なんで?」 「折り紙だと折ってるから、絵の全体像が見られないじゃない? それは勿体ないなー、と思って。だったらアクセサリーをいれる袋の、台紙とかにできないかなー、って思ったの」 今日納品されたネックレスが、きちんと袋に入っていたことから思ったことだ。峯岸も美作さんも、基本剥き出しだけれども、そういう工夫をしてもいいんじゃないかな、と思ったのだ。 「なるほどー。そっか、美作にも聞いてみる」 峯岸は一つ頷いて、私も、そうして、と答えた。 答えたは、答えたが。 「って三島が言ってたの」 「あーそっか。袋にいれるとか考えたことなかったな」 店を閉めて部屋に戻ろうとしたところで、外階段をのぼりきったところ、美作さんの家の前の廊下で、額を寄せ合って話している二人に出くわした。 聞いてみて、とは言ったけれども、外でやるなよ。見せつけているつもり? あ、でも、二人っきりで家の中で話し合いをされるのも嫌だな、と思ってしまった。 その一連の自分の思考回路に自分でうんざりする。 この二人は仕事の話をしているだけだ。少なくとも今は。 裏にどんな気持ちがあるかは別として。 大体、二人をけしかけたのは私自身なのに、それを妬むなんてどうかしている。 「お疲れさまです」 家に戻るのに声をかけないわけにもいかなくて、そう声をかける。 「あ、三島。おっつかれー」 「お疲れさま」 二人はこちらを見て笑う。 ちょっときつめだけれども美人な峯岸と、整った顔立ちの背の高い美作さん。二人はお似合いだな、なんてふっとそれを見て思ってしまう。 ああ、だめだ。今日は思考回路が完全にネガティブだ。 凡人な自分の凡人なスタイルを思い描いて溜息。 「どうかした?」 「なんでもない」 「そ? あ、美作にさっきの話してたんだけどね」 「うん、いいアイディアだなって思って。そっちの方が峯岸さんの絵も映えるよね。やってみるよ」 と美作さんが笑う。 「お願いします」 私もなんとか笑い返す。 「あ、そうだ、美作。この前言ってた新作の件なんだけど」 「あ、うん」 そのまま二人は、また作品の話に戻って行く。 「お先に」 見ていられなくて、大体私が見ていてもどうしようもないこともわかっているし、二人にそう声をかけると、廊下の一番奥、自分の部屋に滑り込んだ。 部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。 最近、二人が話しているところをよく見かける。当たり前だ。仕事の話をしているのだから、仕事の。 だけど、多分、それだけじゃない。 美作さんは峯岸のことが好きだから。 私が美作さんのことが好きだから、見ていてわかってしまう。美作さんは峯岸のことが好きだ。 峯岸がどう思っているのかはわからないけれども、人見知りする峯岸があそこまで美作さんに懐いているのだ、憎くは思っていないのだろう。 溜息が次から次にこぼれ落ちる。 うらやましいな、と思った。峯岸のことが。 美作さんに好かれているから、だけじゃない。絵を描く才能があるからだ。 それがうらやましい。 何かを創造する力がある人がうらやましい。 いつだったか、二人のアクセサリーを楽しみにしていると言った常連さんの言葉に沸き上がった黒い感情の正体もこれだ。わかっている。 嫉妬だと。 何かを生み出すことは才能だと思う。私にはそれがない。アクセサリーも作れないし、絵も描けない。 だから、何かを生み出すことについての悩みなどを話し合うことが出来ない、美作さんと。 だから、私じゃだめなんだ。だからこの恋はきっと叶わない。 真剣にアクセサリー作りをする美作さんの横顔が好きだけれども、私自身にはそんな顔をするチャンスがない。そうやって生み出すものがない。 私じゃ美作さんに釣り合わない。 左手のブレスレットを、右手でそっと撫でる。 顔にだしちゃ、いけない。こんな感情を悟られちゃいけない。せめて今のまま、店長兼大家としての立場でいいから、傍にいたい。 そのためには、ちゃんと接しなきゃ。 もう何度目かの結論を出すと、大きく息を吐いた。 でも、家の中でぐらいは、少し、泣こう。 |