「さて」
 放課後、透史はミスの家に向かっていた。皆子に電話してみたところ、とりあえずウチに来ればいーじゃん、の一言で片付けられてしまったから。
 なんと言えばいいのかは、まだ考えていないけれども。
 マンションの下まで行くと、潤一が腕組みして立っていた。
「あ、こんにちは」
 頭を下げて、その横を通り抜けようとすると、
「素通りか」
 つっこまれた。
「いや、誰か待ってるのかと思って」
「君を待っていたんだ」
「あー、ですよね」
 そんな気はしていたが、なんとなく苦手であまりこの人には絡みたくなかった。
「君に言っておきたいことがある」
「はぁ」
「ミィと今後も付き合いを続けるならば覚えていて欲しい」
 真剣な顔で正面から見つめられて、少し身じろぎする。一体、なんだというのか。
「見ていたと思うが、ミィには蛇が憑いている。あれはミィが生まれた時から憑いているもので、あれが原因でミィはうちに、生咲に預けられることになった」
 挑むように透史を見つめたまま、淡々と告げる。何故、マンションの前でこんな話を。
「あれは怪異を喰らうことによって生きている。というか、それによって人間を喰らうことをなんとか避けている」
「人も喰うと?」
「ああ」
 潤一は一つ頷き、
「最終的には、あいつはミィすらも喰うだろう」
 今度は透史が頷いた。あの時見たあの光景、あれはミスを喰おうとしていた。
「二十歳までなんだ」
「え?」
「二十歳までにミィがあれを制御できるようにならなければ、ミィは、ミィ自身が怪異として処理されることになる」
「……ちょっと意味が」
「そのままだよ」
「……怪異として処理されるって」
「異界送りか、下手したら殺されるだろうな」
 淡々と潤一が言う。
「なんでそんな淡々とっ」
 思わず噛み付くようにして怒鳴ると、
「おれがなんとも思ってないとでも、思っているのか?」
 冷たい声で、その剣幕ごと斬り捨てられた。
「おれもミナも蛇を抑えるために色々やっている。だけれども、結果は芳しくない。なにより、ミィ自身が、自分を化物だと思い、異界へ行くのも仕方がないと思っている。あれを手なづけるつもりが、ミィにない」
 それはなんとなく思っていた。透史に安易にピアスを渡したことや蛇に自分を喰えといったことなど考えると、ミスは自分自身というものにさほど関心がないと思えた。
「ミィがもっと人生を楽しいと、生きていたいと、そう思ってくれないとこの問題は解決しないんだ」
 だから、と潤一は続けた。
「ミィの学校生活を楽しいものにしてやって欲しい。それは、おれらでは無理だから」
 透史はしばらく潤一の顔を見ていたが、
「はい」
 しっかりと、頷いた。
 最初は変なことにただ巻き込まれたと思っていた。ミスの不手際とかを契機にして。
 でも、今は違う。自分から望んで関わっている。積極的に。
 だから、きちんと責任をとってミスに学校生活を送ってもらおう。それも、とびっきり楽しいものを。

 潤一に連れられて、部屋に足を踏み入れる。リビングに二人はいた。コーヒータイムだったようで、カップが二つ置かれている。
 透史の来訪を知っていた皆子は、やっほーと楽しそうに片手をあげて挨拶をして、恐らく知らされていなかったであろうミスは目を白黒させていた。
「久しぶり、三隅さん」
「あなた、何をしにっ!」
 ほぼ、悲鳴のような声があがる。そんなに慌てなくてもいいのに。そう思うと同時に、ミスが人間らしく感情を表してくれるようになったことを嬉しく思う。
「学校、なんで来ないの?」
「だって仕事がもうないもの」
「普通に来ればいいじゃん。学校っていうのは、本来そういうものだよ」
 ミスは答えない。透史は一つため息をついた。一筋縄ではいかないか。
「仕事だったら来るの?」
「まあ……」
 だったら、と透史は皆子に向き直る。二人のやり取りをにやにやと楽しそうに笑っていた皆子は、なにかしら? と首を傾げた。
「仕事の依頼って、いくらあればできますか?」
「は?」
 ミスがぽかんと口をあけてこちらを見てくる。
「内容によるかな」
「護衛です」
「護衛?」
「俺、怪異にやたらと好かれているんで。なにかあったら困るなと」
 心の中でだしにつかった弥生に謝る。でも多分、彼女は許してくれる。
「それはあなたが、自分で選んだことでしょうっ!」
 ミスが立ち上がり、声を荒らげる。
「あなたが自分で! 葉月弥生を手元におくことに決めたんでしょう! なのになんで今更、好かれて困るとかいうのっ」
「でも心配は心配で。俺なんか、ほら、気づいたら怪異見えてて怖かったし」
「ああ、それは大変よね」
 芝居がかった口調で皆子が応じる。その対応力は神がかっている。まるで打ち合わせしていたみたいだ。
「だったら、ミナ」
 後ろにたっていた潤一が口をひらく。こちらは、ある程度打ち合わせ済みだ。
「石居くんには、ここまで散々迷惑かけているわけだし、アフターサービスとして護衛してもいいんじゃないか?」
「それもそうね」
 皆子も手を打ち合わせて、名案ね! と告げる。
「……誰がやるのそれ?」
 不満そうに言うミスに、
「もちろん、あんたが」
「もちろん、ミィが」
 二人が当たり前のように言うと、
「なんでわたしが。大体、葉月さんの能力は封じたんでしょう? っていうか、そもそも、たいした力ないんでしょ?!」
 ミスの眉が不満そうに、つりあがる。
「でもいつ解けるか不安じゃない?」
「だからって」
「あ、あと来週、人体模型が戻ってくるらしいです。困りますよね、七不思議の一つが戻ってくるなんて」
「購買に買い物いくだけのやつなんて、どうでもいいじゃないのっ!」
「神様にお供えものして、人間になっちゃうかもしれないわよ?」
「あのニセモノにそんな力あるわけないでしょ!」
 ミスは声を荒らげるが、他の三人がじっと見ているから押し黙ってしまう。
「とにかくミィ、これはあんたの仕事。透史くんの護衛をやってあげて」
「仕事なら、学校来るんでしょう?」
 透史が言うと、ミスは悔しそうに唇をかんだ。
 これでミスは学校に来るだろう。でも、それだけじゃダメだ。強引に学校に来させるだけではなく、本人に学校が楽しいと思ってもらわないと。自分の意思で行きたいと思ってもらわないと。
「三隅さん」
 正面にまわって名前を呼ぶ。
 ミスはそっぽを向いた。こどもみたいだ。
「俺、弥生のこと怪異かも知れないけど大切な友達でクラスメイトだと思ってる。そりゃあクラス替えとかはあるけれども、皆で笑って二年の体育祭とか修学旅行とか、色々な行事を体験して卒業したいなと思ってる」
 への字に曲げられたミスの口元。それが反対側に曲がればいいのに。
「その皆は、三隅さんもだよ」
 ミスの肩がぴくり、と動いた。
「三隅さんだって、俺のクラスメイトで友達なんだから」
「友達になった覚えなんてない」
 小さく押し殺された声に、
「じゃあ、ただのクラスメイトでもいいけどさ」
 あっさり返すと、ミスはまた黙り込んだ。いくらミスだってクラスメイトだっていう事実は否定できまい。
「だからおいでよ、学校。もうこの際、三隅さんがなんでもいいよ。怪異でも化物でも、宇宙人でもいいや。皆で卒業しよう」
「……怖くないの? わたしのこと」
 ミスが小さく呟く。それはほんの少し、怯えた子どものような言い方だった。
「まったく怖くないっていったら嘘になるけど、でもまあ今は三隅さんがなんだかわかってるから怖くないよ」
 最初はなんだかわからなくて怖かった。だけど、今は彼女のことが少しはわかった。だから、怖くない。
「もっと知ればさらに怖くなくなるんだけど、どう、その辺?」
 ミスは答えない。けれどもそのあごが心持ち引かれた気がした。
「だから、三隅さん、俺は」
 透史は軽く腕を広げて、告げた。
「学校で待ってる」