「……長門さん?」
 放課後、図書室でいつものように読書にいそしんでいた亜紀は、その声に顔を上げた。
「三浦君」
「こんにちは。……先日はどうも」
 学校のアイドルサッカー部の三浦が、こともあろうに亜紀の親友上総に告白したのは今から二週間ほど前のこと。
「別に私は何もしてないから」
 本を閉じ、机の上に置く。
「……部活は?」
「テスト前だから休みです」
「……」
 亜紀はしばらく彼の顔を見つめ、それから図書室内を見回し、ああと頷いた。
「どうりで人が多くて、勉強していると思った」
 三浦が苦笑する。
「長門さんは?」
「ん〜、常に勉強していればテスト前にまとめて勉強する必要性はないのよ」
 世の学生が理解はしていても実践することはなかなか難しく、世の学生を敵に回しそうなことをさらりといい亜紀は微笑んだ。
「そうですか」
「そうですとも」
 そういって、再び本を開く。
 沈黙。
 立ち去らない三浦に亜紀は顔を上げる。
「まだ何かご用?」
「え、そういうわけでは」
 そういいながら視線をあちらこちらに向ける。
「……魔女さん、上総なら今日は来てないよ。Indian Summer」
 私は誘われたけど断ったんだ、そういって続ける。
「だから安心していいわよ。……何かあの子には内緒の話があるのでしょ?」
「……はい」
「座れば」
 近くにあった空いていた椅子を指さす。彼は素直にそこに座った。
「あの、この間相模さんとは本当のところ一体どのような関係なのですか?」
「恋人じゃないわよ。そういう噂が流れて上総は頭抱えてたけど。詳しいことは聞いてないけど、あの子、両親居ないから、その親代わりみたいなものだって」
「あんなに若いのに?」
「若いわよね」
 閉じた本を膝の上に載せ、思いっきり身を乗り出す。つられて三浦も身を乗り出した。
「実際、いくつぐらいにみえる? あの人」
「えっと……、25,26。いや、態度が落ち着いてるからわからないけれども、もっと若いかな……?」
「本人に聞いたらね、僕は永遠の23歳だよ。だって」
「……なんなんですか、それは。大体、それだと7歳しか違わないことになりますよね?」
「8歳。あの子、早生まれだから。まぁ、多分、世話してくれたのは相模さんの親とかっていうんだと思うんだけど、でも、もう一人いるんだよね。親代わりみたいなものって紹介された人。」
 首を傾げる。
「武蔵さんっていうんだけど。でも、相模さんとは仲が悪いみたいよね。あの人も年齢不詳なんだけれども」
 三浦は渋い顔をしていた。
「恋人、って言った方が謎が残らなくて良かった?」
 からかい半分でそう言うと、三浦は渋い顔のまま小さく頷いた。
「少なくとも、安心は出来ました」
「そうよね。本当のところどういう関係なのか魔女さんは教えてくれないし」
 膝を組み、その上に載せた本の上に頬杖をつく。
「別にね、言いたくないならばそれでもいいのよ。そう言ってくれれば。でも、変にはぐらかされるとむかつかない? これでも、一応、親友のつもりなんだけど」
 そういってため息をつく。
「ねぇ、聞いてもいい? 三浦君はあの子のどこがよかったの?」
「え……」
 視線を逸らす。 「言いたくないなら別にいいけど。それとも、好きになるのに理由はいらない派?」
「ええ、まぁ……」
「そ」
「……強いて言うならば、なんとなく影があるところ……?」
「疑問系なの?」
 亜紀はくすくす笑う。
「影があるといえばそうだけれども、そういうのじゃないような気もするけどね。そうね、異端者っていう感じ? 人のこと言えないけど」
 そう言って自称図書館の主はおどけた。
 それからお話は終わり? と尋ねる。
「ええ。お時間をとらせてすみませんでした」
「別に。あんまり役に立たなかったでしょ?」
 使えない手駒でごめんなさい。そういって、読んでいた本を本棚に戻す。
「……帰るんですか?」
「ええ。秋はすぐに日が暮れてしまうから、はやめに帰ることにしているの」
 そういって赤くなり始めた空を見る。
「バス通学でしたよね。バス停まで送ります」
「いいわよ、別に。」
 そういって足下においていた鞄を肩にかける。
「すぐそこなんだし」
「お礼に」
 亜紀は三浦を上から下まで一度眺めて感慨深げに言った。
「三浦君さ、礼儀正しいよね。なんか」
 そういって歩き出す。
 三歩歩いたところで、立ち止まっている三浦に笑いかける。
「送ってくれるのでしょ?」
 そうして再び歩き出す。
 亜紀の後を歩く、三浦を見て女子生徒が黄色い悲鳴をあげる。
「好感もてていいけどね。好きだよ、そういうの。でも、タメ口でいいんだけど」
 同い年なんだし、と続ける。
 ドアを開け、外に出る。その際に司書に片手で挨拶をする。スリッパから上履きに履き替え、三浦が履き替えるのを待つ。
「アイドルとか言われてるのもったいない。そんな無理してまでアイドルでいることないじゃない」
「それが俺ですから」
「あのね、他人の評判なんて気にしてたらやってられないよ」
 そういって自分を指さす。
「私の噂聞いてるでしょ? 図書館の主」
 そういいながら階段をおりる。
 赤い日が差し、階段も夕焼け色をしていた。
「自分からそう名乗るぐらいが丁度いいのよ」
 とん、とん、とん。
「アイドルの語源って偶像なんだって」
 階段をリズミカルに下りる。
「もっとも、君がそれを好きならば、私にとめる権利なんてないのだけれども」
 下駄箱で、靴に履き替える。
「まぁ、頑張って」
「何をですか?」
「部活とか色々と」
 とぼけた調子で肩をすくめる。
「上総のこともね」
 三浦は苦笑した。

 女の子二人組とすれ違う。
 彼女たちは三浦を認め、それからその隣にいる亜紀を見て眉をひそめた。
「調子にのってんじゃないわよ、ぶす」
 すれ違いざまに呟かれた言葉に、亜紀は唇を皮肉っぽくゆがめる。三浦が何かを言いかけたのを片手で制し、亜紀は言い放った。
「うらやましいでしょ?」
 そのまま彼女たちを見ることなく、やや胸を張って歩き去る。三浦はその後を慌てて追った。
「すみません」
「なんで、謝るのよ」
 不服そうに振り返る。
「貴方は悪くないでしょ? だったら、もっと胸を張りなさい。」
 三浦は何も言わなかった。
 沈黙。
 そうしているうちにバス停に着き、それじゃぁと亜紀は片手をあげた。
「ここまでありがとう」
「いいえ。こちらもありがとうございました」
 軽く頭を下げて、三浦は去っていく。
 それをみて小さく微笑むと、鞄から本を出し亜紀は読み始めた。


「あの二人って言うのもなかなか面白いんじゃない?」
 バス停というのは丁度、Indian Summerからよく見える位置にある。亜紀はそのことすっかり忘れていた。
 カウンターに座り、フォークを片手に持ったまま上総は小春に言った。
「確かに、面白そうだね」
「ね?」
 そうやって悪のりする二人に構わず、日は暮れていく。