「こんにちは」

 放課後に行くところは決めている。
 図書室あるいは、此処。

「いらっしゃい」

 此処のマスターは片手をあげて挨拶をした。

 Indian Summer。
 日本語にしたら小春日和。そんな名前の喫茶店のマスターは「小春夏彦」という。
「もしかして、小春とSummerでかけてるの?」
 いつだったかそう問いかけたことがある。
 返ってきた答えは
「もしかしなくても」

 四月の入学式の日から入り浸り、すっかり常連と化した上総は自分の指定席である、カウンターの一番端に座る。
「さすが、テスト前ね」
 ぐるりと店内を見回し、自分以外に人が居ないことに気づき笑う。
「まったく。この時期はもうけが減って困るよ」
 小春は苦笑した。
「だから、人をモンブランの試食しないか? って誘ったわけ」
「まぁね」
「みんな知らないのかしらね? 春ちゃんが見た目に寄らず頭が良くてテスト前にすがりつくと教えてくれるって」
 言ってから考え直し、知らない方がいいかと言い直した。
「知ったらみんな来ちゃうものね」
 そういって、最初の一杯はおごり、と言われて出された紅茶を飲む。
「家庭教師をするのは一人で十分だよ」
 小春も言う。
 それから、小春は思い出したように言った。
「亜紀ちゃんは?」
「ん〜、主も誘ったんだけど、今日はパスって」
 いい香り、と愉しんでいた紅茶を置く。
「なんでも最近、こっちに来すぎて図書室に行ってないからって。このままじゃ、図書室の主の座を誰かに盗まれる! とかいってたけど、そんなもの誰が盗むのかしら?」
 首を傾げると、長めの髪の毛が揺れた。
「そう」
 そういって件のモンブランを上総の前に出す。
「これがそのモンブラン。秋のメニューにと思って」
「……春ちゃん、今度料理教えてくれない?」
「嫌だよ」
 ひきつったような笑みを浮かべて小春は即答した。
「上総ちゃんの料理べたは相模さんから聞いてよく知ってる」
「ふ〜ん」
 フォークを片手にもって相づちをうち、その言葉の意味を理解して顔を上げた。
「はぁ!? 相模っ!? 何? あいつここに来てるの?」
「来てるよ。今日も来てた。お昼過ぎぐらいに来て、学校が終わる頃になると帰っていくけど」
「なんであいつ来るのよっ!」
 ばん! とテーブルを叩く。
「上総ちゃん、それ、営業妨害だから」
 小春が困ったように笑い、顔の前で手を振った。
「ああ、そうよね。そうなんだけど」
 片手で頭を抱えるようにしてため息をつき、フォークを握りなおす。
「いただきます」
 両手をあわせそういうと、問題のモンブランにフォークをさした。
「……おいしい」
 フォークを口にくわえた状態で言う。
「そいつはよかった」
 椅子に腰掛け、小春は笑う。
「あたし、あんまりモンブランって好きじゃないんだけどこれなら食べられるかも。あんまり甘くないし。いいんじゃない? ……ただ、ちょっと大きいかな? 食欲の秋とかいって食べ過ぎちゃう季節だから、女の子としてはもう少し小さい方が歯止めがかかっていいかも。いや、おいしいからなんでもいいんだけどね。」
 そういって二口目を口にいれる。
「考えてみる」
 何かを紙に書き取りながらそういう。
 そうしてから、にやっと笑い、頬杖をつき上総に言った。
「ところで、相模さんって上総ちゃんの何?」
 上総は固まる。
「いやね、この間三浦君っていう子が上総ちゃんに告白していっただろ? あれ以来、ここにくる女の子達が言ってたんだよね。1年の甲斐上総っていう子には学校のアイドル三浦君顔負けの彼氏がいるとかって。それって、相模さんのことだろう?」
 再び片手で頭を抱え、上総は低い声でいった。
「いい? 春ちゃん?」
 そういって今度は立ち上がり、フォークを小春に突きつける。
「相模はあたしの親代わり。この間連れてきた武蔵っていうのと同じ」
「でも……」
 小春は何かを考えるように上総から視線をはずす。
「見た感じ、相模さんって僕と同じか……少し下って感じだったけれども? 上総ちゃんの親代わりっていうのには若すぎない?」
「……色々あるのよ」
 座り直し、憮然とした表情で呟く。
「少なくとも今は親代わりみたいなもの。違う言い方をするならば、兄とかそんな感じ」
 そういって、もう一度フォークで小春をびしっとさす。
「だから断じて恋人なんかじゃありません」
 まったく、学校だけかと思ってたのに。ぶつぶつ言いながらモンブランに再開する。
「ふーん」
 小春はつぶやき、上総を見ていたが、やがて同情するように微笑んで言った。
「まぁ、上総ちゃんはまだ学生だから色々あるよね。卒業するまで、がんばれ」
「春ちゃんっ!!」
 上総は怒鳴る。
 小春は笑ってかわした。

 二杯目の紅茶を飲んでいるとき、上総は窓の外に意外な人を見つけた。
「春ちゃん、春ちゃん」
 手招きして、窓の外を見る。
「あれ、主と三浦君だっけ? じゃない?」
「本当だ」
 亜紀と三浦が二人して歩いてくる。
「あらあら、なにやら楽しげね」
 フォークをまだ持ったまま、上総は意味ありげに笑う。
 そうしている間にも、二人はバス停の前で別れた。
「うわ、見た? 主が微笑んでたよ! あの主がっ!」
「……上総ちゃん、結構酷いこと言ってるよ」
 小春は苦笑する。
「まぁ、意外だけどね」
「ねぇ? でも、あの二人って言うのもなかなか面白いんじゃない?」
 何が楽しいのか、つっこむ人材はここにはいなかった。
 店内にいるもう一人の人間は、にっこり微笑んだ。
「確かに、面白そうだね」
「ねぇ?」
 上総と小春、二人して笑みを浮かべると、夕暮れ時のバス停を見る。亜紀はそんなこととは気づかずに、本を読んでいた。
「いいわねぇ、青春って」
 年寄りじみたことを言う上総に苦笑し、小春も言った。
「……上総ちゃんもね」
「春ちゃん!」