2004年2月13日 金曜日。
 言い換えるならばバレンタイン前日。

「こんにちは」
 勢いよくドアをあけ、上総は言う。その後ろから亜紀と三浦が入ってくる。
「やあ、待ってたよ」
 この店のマスター、小春は笑った。

 店内には他に誰もいない。
 カウンターに三人並んで座ると、待っていたように小春がお皿を置く。ガトーショコラとコーヒー。
 小春は自分にも同じものを用意していた。

 発案者は亜紀。
 バレンタインには一日早いけれども日ごろの感謝を込めて、亜紀のを小春が、小春のを上総が、上総のを三浦が、三浦のを亜紀がそれぞれご馳走する。

「さて」
 上総がカップを持ち上げ、微笑んだ。
「コーヒーだけれども乾杯しましょう」
「何に対して?」
「日頃の恩に。春ちゃんに」
「じゃぁ、亜紀ちゃんに」
「三浦君に」
「甲斐さんに」
「乾杯」
「ハッピーバレンタイン」
「イブだけどね〜」
「というか、今日は13日の金曜日だったような」
「日本は仏教国だから大丈夫」
「あ、おいしい。ガトーショコラ」
「それはよかった」
「三浦殿、チョコいくつもらった?」
「もらってませんよ」
「あら、意外。下駄箱一杯にはいっているのかと」
「魔女さん、発想貧困」
「下駄箱にはいったチョコは食いたくないなぁ」
「というか、仮に下駄箱にいれたとして、その前に他の人のチョコがあったら捨てると思わない?」
「……ああ、そうよね。恋敵なんだから」
「どちらにせよ、義理も本命も受け取らないことにしています」
「どうして?」
「好きじゃないんです、この行事」
「ああ、それについては賛成」
「所詮、お菓子会社の策略よね」

 2004年2月13日 金曜日。
 言い換えるならばバレンタイン前日。
 17時30分。喫茶店「Indian Summer」にて。