「横暴だわっ!」
 そう叫んでみても、隣の彼はいつも通りの笑顔を崩さない。
「相模っ! 聞いているの!」
「聞いているよ。梓ちゃん、往来で少し五月蝿すぎやしないかい?」
 涼しい顔をしてそんなこと言うなんて、一体どういうつもりなのかしら?
 いつもそう。この人は何時もそう。
 いつだって自分を正当化して、笑顔で全てをはぐらかして、二言目には
「何度も言うようだけど、君に拒否権はないんだよ」
 そういって人を縛り付ける。

 でも、ずるい。
 普段は長ぶったりしないくせに、こんなときだけ私を縛るなんて。こんなときだけ、主従関係を持ち出すなんて。

「相模」
 名前を呼んで腕を引いて、近くにあった喫茶店を指差す。
「往来がまずいならば、あそこに行きましょうか? 貴方とはじっくりお話する必要があるわ」
 相模は少しだけ不愉快そうな顔をした。まるで、君と話すことは何も無いよといいたそうな顔。貴方にはなくても私にあるのよ。
 強引に腕を引っ張って連れて行く。
「ロザリーはどうするのさ」
「にゃー」
 言われて初めて、腕の中の使い魔の存在を思い出す。
「少し、待っていて」
 そういってロザリーを地面に降ろす。
「にゃー」
 ロザリーは鼻先を地面につけるいつものやり方で、了承した旨を表す。
 相模は上を向いて嘆息した。

 

 頼んだ珈琲と紅茶が届いたところで私は彼を見据えて言う。
「長、貴方に私の私生活まで干渉する権限はないはずです」
 彼は何も言わないで黙って珈琲を飲んでいる。
「私はきちんと、仕事もこなしていますし、特に目立った行動をとっているわけではありません。大学に通うことだって、貴方の許可をきちんと得たはずです。違いますか?」
「……まぁ、違いはしないね」
「でしたら、何がお気に召さないんですか? 大学生活を穏便に済ますために円滑な人間関係を築くことは必要です。あまり誘われた物事を断るわけにもいきません。っていうか、たかが合コンとサークルの打ち上げに行くことの何が気に入らないのっ!?」
 せっかく誘われたのだ。ずっとずっと断ってきたんだから今回ぐらい行ってもいいじゃないか。
 それを誰に聞いたんだか知らないけど、わざわざ大学まで来て断るように言わなくても!
「……」
 ふいっと彼は視線をそらす。
「相模!」
「……梓ちゃん」
「なんですか?」
「君に拒否権は無いはずだよ」
 ほら、いつもそうだ。いつもそうやって私を縛り付ける。
「それとこれとは別のお話のはずです」
「違わない。君は自分の立場をわかっているのかい?」
「……貴方に逆らえないことはわかっています。ですが」
「そこじゃない」
「は?」
 彼は珈琲カップを置くと言った。まったく表情を変えずに。
「そもそも合コンというものは、恋人の居ない人間が行くものじゃないかい?」
「……ああ、そういうこと」
 私は一気に拍子抜けして、テーブルの頬杖をつくと紅茶を啜る。
「何、あんた、ヤキモチやいてるなら最初からそういえばいいじゃない。どうしていつもそうやって回りくどいのよ」
 彼はひょいと肩をすくめた。
「他にどういえばいいのさ?」
「……少なくとも、君に拒否権は無いなんて脅しだわ」
「でも事実だろ」
「だから脅しなのよ。……わかりました、二つとも欠席しますよ、まったく」
「ならいいんだ」
 私がそう言うと彼はわずかに満足そうに珈琲を飲んだ。
「……ふぅ」


 彼はとても不器用で、私は何時も苦労する。
 彼は私の何倍も生きているくせに、私よりもよっぽど不器用で言葉が足りない。だからいつも私を縛り付ける言葉を言う。


「でも、次からはちゃんとこう言って下さいね? “君を行かせたくないんだ”って」
「……それはいやだなぁ」


 彼はとても不器用だから、甘い言葉の一つも囁かない。
 彼はとても不器用だから、


「お話は終わりました、帰りましょうか、長」


 私はいつも、彼に近づききれない。
 彼はとても不器用だから、恋人と長の二つを演じることは出来ないのだ。