「あたしはノエル・バライト。よろしく」
 そういって握手を求められた。

 *

「信じられない」
 彼女は、呆然と呟いた。
「目の前で起こったことだ。それが如何に信じられないことでも真実には相違ないはずだろ?」
 口元に僅かに優越感から生まれる笑みを浮かべながらそう言うと、彼女はきっとこっちを睨んで吠えた。
「なんであたしが、あんたみたいなひょろっちいのに射撃で負けるのっ!?」
「……君がひょろっちいとか言うか?」
 白くて細い腕をぶんぶん振り回しながら子どものように抗議する彼女に、半ば呆れながらそう返す。
「それにしても、大した自信だな。まぁ、首席で卒業したんだから当然だろうが」
 そういって手元にある彼女の経歴書をめくる。
「ほぼ満点じゃないか、射撃」
 そこにあるのは警察学校の成績表。他の成績も満点とは行かないまでも、なかなかの好成績。改めて、いい人材が部下になったなぁ、と実感する。
 しかし、そのいい人材の新しい部下は、
「そうよ、初めてよ、射撃で負けたのっ! あーもう、超くやしいっ!!」
 まったくもって上司に対する態度とは思えない口調でそう言った。
「その態度は改めたほうが望ましいな。ところで、これが“訓練”でよかったな。もしこれが、実戦だったら」
 そういいながらホルスターから銃を抜き、彼女の額に向ける。
「死んでたかもな」
 彼女は動じず、じっと銃口を見つめた。それはなかなかのものだと思う。
「……それが模擬弾ではなく、また貴方が上官でなければ、確かに間違いなくあたしは死んでいたでしょうね」
 そのままぽつりと呟く。
「わかったならいいんだがな」
 そういって銃をホルスターに戻す。手元の書類にもう一度目を移しながら、
「ともかく、過信はいずれ身をほろぼすことになるから」
 全部は言えなかった。
 書類に目を向けていたことと、それこそ油断していたことがいけないのだろうが、突然、足をはらわれて倒れはしないものの僅かに姿勢を崩す。
 そして、

「Hold up!」

「……まいったなぁ」
 目の前の銃口を見つめながら呟いた。
 何時の間にかホルスターから銃を奪われていた。
 銃を構える彼女は、勝ち誇った顔をしていた。
「BANG!」
 そういって軽く銃口をあげ、撃つ真似をする。

 そして彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべたまま
「これが実戦でしたら死んでいたかもしれませんね」
 そう言い放った。
「……ああ、まったく油断していたよ」
「過信はいずれ身を滅ぼすことになりますよ」
 楽しそうに彼女はそう言うと、銃を私に返してくる。
「まったく、いい部下を持ったものだよ」
 あきれて笑いながらそういうと、
「あら、お褒めに預かって光栄ですわ」
 彼女もそういって笑い、あの時と同じように片手を差し出して握手を求めてきた。
「よろしくお願いします。エルネスト・バークレー殿」
 今度はその握手を拒む理由は無かった。
「よろしく。ノエル・バライト」
 先ほどまで銃を握っていたその手を握り返す。
「正式な書類は後日行くと思うが」
「はい」
「君になら」
 手を離し、銃をもう一度、今度はちゃんとホルスターに戻しながら、呟いた。
「背中を任せてもいい」
 彼女はきょとんとしていたが、すぐににっと笑った。
「ありがとうございます」

 それはつまり、どういうことかというと、いざというときは、こちらに向かってでもためらいも無く引き金を引けということ。
 君になら殺されてもいい。