「二股かけてたってわけか」
「……弁解はしないわ」
「……で、どちらが本命?」
「……さぁね」

 ……なんだこの状況。
 俺はただ、昨日実家で集まりがあったから、普通にそのまま従姉と一緒に出勤しようとしていただけなのに。何故、こんな修羅場に巻き込まれているんだ、俺は?
 目の前には従姉の彼氏と思われる人間。遊んでそうだけど、生真面目そうな……、こいつのもろ好みのタイプだな。
 なんて、俺ができるだけ意識を遠くにおいやって、精神的傍観者に徹している間にも二人の言い争いは続いている。
 いつの間にか、従姉に左腕をとられているが、腕を組んでいるというよりも関節をきめられているという方が正しい。このまま一本きめるつもりじゃないだろな?
 身長が大体同じくらいなのに、従姉はヒールを履いているので僅かにこちらが低い。情けない状況だ。
 俺が一人で落ち込んでいる間に、修羅場は解除されたらしい。相手の方が一方的に言い放って去っていった。同時に従姉が俺の腕を放す。
 気まずそうに横を向くと一言、
「悪かったわね」
 従姉が先ほどの男と別れたがっていたのは知っていた。嫌いだからではない。彼では一海を背負えないから。嫌われることが一番いい別れ方だというのがこいつの持論。だからなんだ? 気に入らない。
 ふんっと一度鼻で笑う。
 従姉が驚いたように俺を見た。うーん、我ながら今のはこいつにそっくりな態度だった。
「先に行ってろ」
 俺は従姉にそういうと、走り出した。
「ちょっと!?」
 怒鳴る従姉を無視して、走り、例の恋人を見つける。
「あのっ!!」
 呼びかけると彼は振り向いて、俺を見て顔をしかめた。
「あんた、さっきの」
「俺の名前、一海直純っていうんです」
 相手に発言させず一気に言う。原付の免許を提示する。
「あいつの従弟で、だからあいつがさっき言ったのは」
「直っ!!」
 追いかけてきたらしい円が怒鳴った。
「あんた、何勝手なことを! やめなさい!」
「こいつはっ!」
 やめろといわれてやめる馬鹿はいないだろ。大体、これはいつものお前の台詞だろ?
「家を継がなくちゃいけなくって、うちは結構歴史のある名家だからそれなりに色々と制約とかあって、」
「直!」
「本当は多分、まだ続けたいだろうし、こうやって別れるのも初めてじゃないし」
「やめて、お願いだから!」
 俺の腕を掴んで怒鳴る。ああ、こいつにお願いされたのはいつ以来だろう?
「だから、誤解だけはしないでほしい。これは、家を継ぐことから逃げた、宗家の人間として……、従弟としての、せめてもの罪滅ぼしなんだ」
 俺が言い切ると、奇妙な沈黙が降りる。
 目の前の彼が口を開きかけ、
「どちらにしろ、同じ事よ」
 落ち着きを取り戻した円が言う。
「私は貴方よりも家を選んだ、それだけ」
 そのままつかつかと彼に歩み寄る。
 こうなれば、従姉の独壇場だ。一海の女王の名は伊達じゃない。こういう時の演技で彼女の右に出るものはいない。
「どちらにしろ、もうおしまい。ごめんね」
 そう言って、笑い、そのまま彼にキスをした。
 いい年して往来の真中でなにをしているのやら。さっきから怒鳴りあっていたのもあって、視線が痛い。
「ばいばい」
 円はそういって、何時もの不敵な笑みを浮かべると、俺の手を引いてきた道を戻り始めた。
 正直、事務所と反対方向だし、言いたいことはたくさんがあるが、目の前の従姉が滅多にしない表情をしていたのでおとなしくついていっていた。
 軽く眉をひそめて、唇をかんで。知らない人がみたら機嫌が悪いだけにしか見えないそれも、生まれたときから一緒だった俺にはわかる。

 それは、彼女が泣くときの顔だった。