ばんっ!
「助けてください!」
 どこかのドラマさながらに、叫びながら部屋に駆け込んできたのは虎模様のパンツに紅い体をした、所謂鬼だった。
「はい?」
 シャーペンを片手に持ったまま、首だけをそちらに向ける。律儀にドアを開けて入ってきたその鬼は、軽く泣きそうだった。
「助けてください!」
 もう一度鬼が叫ぶ。
「何から?」
「豆から!」
 ケータイに目を移す。ああ、そういえば今日は節分だった。
「助けてください!」
 鬼は俺の手を握って涙ながらに訴えてきた。

 *

『ああ、龍一のところにも来たんだ』
 とりあえず、自分の出来る最善の策として、こういうことの専門家に電話してみたところあっけらかんとそう言われた。
「にも?」
『うちとか毎年来るわよ〜、もう溜まり場。……ちょっと、そこ五月蝿い』
 受話器の向こうで沙耶が怒鳴る声がする。
「溜まり場……」
『見える人を察する能力があるみたいでね、今日一日匿ってあげればすぐ出て行くから大丈夫よ』
「あー、そう」
『そうそう。鬼も大変みたいよー。別に何もしないのに豆まかれて痛いのなんのって』
「へぇ……」
『まぁ、じゃあ頑張って』
 電話の向こうで彼女はそう言って、切れた。
「頑張れって……」
 そう思いながらもちらりと、鬼に目を移す。一応渡した座布団の上でちょこんと正座していた。なんだか可愛らしい。思わずそれに笑うと、今日一日ぐらい相手をしてやってもいいかと思った。今日一日って言ったって、あと4時間なわけだし。
 とりあえず、
「お茶、飲みます?」

 *

「どうぞ。空茶ですみません」
 お茶を渡すと、鬼は縮こまりぺこぺこ頭を下げる。
「すみません、匿ってもらった上にお茶までいれていただいて」
「いえいえ。大変みたいですし」
「そうなんですよー。鬼は外! とか言われて豆ぶつけられて、別に何もしてないっていうんですよ。人を外見で判断するもんじゃないですよ。福がいい人とは限らないんですから」
 なんだろう? なんだか、一般的な人に対する感想のような気もする。
「大体、日本は平和主義なんじゃないんですか? 人に豆をぶつけて追い払おうとするなんて、なんて暴力的な! 軍事力は不保持なんじゃないんですか!」
「お、落ち着いてください」
 どんどんエキサイトしていく鬼にそういうと、彼(?)はお茶を啜った。
「いや、失敬。あなたはいい人です。匿ってくれるし。いいですねー、平和主義」
「はぁ」
 とりあえず頷いておく。
「大体ですね」
 鬼は再び喋りだした。

 *

「ああ、日付も変わりましたし、そろそろお暇します。すみませんね、長々と」
「いいえ」
 4時間ぶっとおしで喋っていた鬼は湯飲みを置くと、ぺこぺこ頭を下げる。ものすごいテンションで、とても疲れたけれどもそんなことは言わない。楽しかったし。
「毎年大変ですね」
「ええ、まぁ。でもこれで一年は平和ですよ」
 鬼は笑う。
「よかったら、また来年も」
「いいんですか」
 がばっと、俺の手を握って鬼が言った。
「ええ、まぁ」
 軽い気持ちで言ったのに、涙なんか浮かべながら言われて俺は数歩後ろにさがりながら頷く。
「ああ、ありがとうございます」
 泣き上戸な鬼はまたぺこぺこ頭を下げながら、出て行った。
「来年は友人も連れてきます!」
 不穏な言葉を残して。

 あれが増えたらどうなるんだろう? 考えて一瞬眩暈がしたけれども、きっと一日だけの出来事ならば楽しいのかもしれない。
 そう思いながら布団にもぐりこんだ。