二月十四日、バレンタインデーは味音痴といわれるほどの甘党、神坂英輔にとってはまさに天国である。 何処に行っても、チョコチョコチョコチョコチョコチョコ! 本来の目的なんてなんのその、お菓子業界の戦略と日本経済に多大なる貢献をし、彼はデパ地下というデパ地下、スーパーというスーパー、専門店という専門店でチョコを買い漁る。 「じゃぁ、端っこから全部ください。あ、このブラックチョコはいいです。甘くないから」 店員にショーケースを指しながら注文する。 店員は勿論一瞬固まった。そんなこと、彼にとっては慣れっこだ。 「しかし、何故にブラックチョコレートなどいう意味のわからないものがあるか」 英輔は偶然出会った同類の神崎颯太に袋いっぱいのチョコレートをおすそ分けしながらそう告げた。 「だってチョコだよ? 甘くていいじゃん! 何、甘さ控えめって!」 「や、俺は甘くなくていいんだけど……」 ぼやく颯太に、チョコの詰め合わせの中から甘くなさそうなものを中心に渡していく。 「はい」 「……どうも」 余った紙袋にじかにいれられたチョコ群を見ながら、とりあえず颯太はお礼を言っておいた。 「じゃぁ、次は隣の駅に行くから。じゃーねー」 軽やかに手を振って、英輔はその場を後にした。 「ってなことがあったんだ」 紙袋をエミリに渡しながら颯太が言った。 「珈琲、淹れますね」 紙袋を机に置くと、エミリは紙コップを手にする。研究所のラウンジに二人はいた。備え付けのコーヒーメーカーから二人分のコーヒーを注ぐと、エミリは再び椅子に腰掛ける。 「どうぞ」 「どうも」 「ごめんなさい、安物で」 コーヒー狂の颯太に一応謝っておいた。 「まぁ、たまには」 そういいながらも彼は口をつけない。いつものことだ。 エミリは気にせず、紙袋の中から一つチョコをつまんだ。口に入れる。 「うん、甘さ控えめで美味しい」 「……それがあいつは嫌なんだそうだ。あの味音痴。あんなに買い占めてどうするつもりだ」 颯太の言葉にエミリは、そういえば、と呟いた。 「去年の暮れぐらいから、英輔さんはやたらとここに仕事はないのか! ってやってきてました。報酬を現金で。もしかして」 颯太は額に手を当ててため息をついた。 「あいつ、普通のバイトもしてたんだよ。全てはこの日のために」 二人は顔を見合わせた。 「バレンタインのために?」 「そう、美味しいチョコを買い集めるために」 そして二人でため息をついた。 そんな二人なんて知る由もなく、神坂英輔は元気にチョコを買い漁っていた。 「まさに天国だね、バレンタイン!」 |
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