店内は水浸しだった。
 靴に水が入らないようにつま先立ちで安全圏内まで移動すると、スイリは店長の顔を見上げた。
「営業中止ですか?」
「そうなりますね」
 がっくりと肩を落としながら店長は答えた。


 午後八時ごろ、学校帰りにシフトを出しに行こうとバイト先の前を通りかかったスイリは心底驚いた。まだ営業時間内なのに店内の電気が消えている。
 小走りでドアの前まで行くと張り紙。
「設備不良のため17時で閉店させていただきました」
 設備不良ってなに?
 などと張り紙をにらんでいると、中から店長が出ててきて苦い顔で自動ドアを開けてくれる。
「スコールで大変です」
 ドアを開けての第一声がこれだった。


 いわく、水道管にヒビが入っていて水が漏れ出したらしい。なんかもう、拭くのをあきらめて適当に雑巾がおいてある床を見ながらスイリはため息をついた。
「昭和40年代らしいよ」
「古いふるいとは思ってたけど、そんななんですか」
 よく言えば年季の入った、悪く言えばぼろっちい店内を見回しながらため息をもう一度つく。
「どれぐらいかかるんですか?」
「下手すると一週間営業中止」
「暇になるんですけど」
「いや、そういう問題じゃないから」
 店長はため息をついた。
「もう、俺が来てからろくなことないし」
「人生楽ありゃ苦もあるさ」
「スイリちゃん、偶に古いよね」
「失礼な」
 そういってスイリはくすりと笑う。それから真顔に戻って
「……直るんですよね?」
「そりゃそうだよ」
 店長が笑う。
「ならいいんです」
 小さく呟くと、見慣れた店内を眺める。
「大学入ったときからお世話になってるから、つぶれないでここにあってくれれば、いいんです」
「スイリちゃん……」
 店長はなんだかちょっと感動したように呟く。
「ところで」
 スイリは振り返ると鞄から六法を取り出した。
「労基法26条に基づく休業手当ってこの場合でるんですか?」
 店長は一歩後ずさると泣きそうな顔をした。
「それこそこの店潰れます」