『はい、こちらスウリ探偵事務所です。申し訳ありませんが、只今電話に出ることが出来ません。発信音のあとに伝言をお願いいたします。必要に応じて担当者が折り返し、お電話させていただきます』
 ピー

 *

「こちらスウリ探偵事務所です。先ほどはお電話を頂いたようで、はい、お手数をおかけして申し訳ありません。
 只今、所長は席を外しております。先に私がご依頼内容などをお伺いいたします。お電話で無理でしたら、一度事務所に足を運んでいただくことになりますが?」
 営業用の声色で、少し微笑んだ感じで携帯電話に向かって話し掛ける。ずっと続けてきた、秘書業務の一つ。
「はい、では、所長が戻ってまいりましたら、こちらからお電話させていただきます。はい、はい、失礼いたします」
 そう言って、電話を切る。
 空を見上げてため息をついた。
 バイトが終わってみてみたら、留守電が入っていた。仕事用の携帯電話に。
 事務所に電話は引いていない。ホーセイと私が一つずつ仕事用の携帯電話を持っていて、電話帳に載せているのは私の方の番号。
 ホーセイの携帯電話は大抵の場合電源を切ってあるから。尾行中に電話なんて、洒落にならない。だから、依頼の電話は私の携帯電話にかかってくる。
 私だって学校もあるしバイトもあるから、毎回出れるわけじゃない。留守電を残さない人が殆どだけれども、残していた人には気付いたら折り返し電話する。勿論、常識の範囲内の時間で、でも、出来るだけ早く。
 そして、依頼人から依頼内容や事務所を訪れる時間を尋ね、ホーセイにメールする。
 それが、私の仕事の一つ。

「スイリちゃん、着替えないの?」
 先輩の言葉に、私は肩をすくめ、
「今行きます」
 携帯電話を片手に更衣室まで走った。

 *

「ご苦労様」
 バイト先の勝手口からすぐの曲がり角。
 いつもの定置にホーセイはいた。
「メール、見たの?」
「ああ、さっき電話しておいた」
「そう、ならいいんだけど」

「じゃぁね、スイリちゃん、ホーセイ君」
 そう言って手をふる先輩に「お疲れ様です」と手を振り返す。
「ホーセイ、探偵の癖にみんなに顔と名前覚えられちゃってるけど、いいの?」
「本当はあんまりよくないけど、まぁ不可抗力だな」
 そんなことを言って、大抵の場合私のバイトが終わるころに彼はここにいる。なんでもなくても、何かあっても。
「飯は?」
「今日はもう帰る。明日、刑法テストだから」
「スィなら別に勉強しなくても平気そうな気がするけどな、法律馬鹿だから」
「馬鹿にしている? 怒るわよ」
 ホーセイは私を「スィ」と、少し語尾をあげてよぶ。彼だけが呼ぶ、その呼び方を私はとても気に入っている。
「冗談、家まで送るよ」
 そういってホーセイはヘルメットを投げてくる。大人しくそれをかぶり、彼ご自慢のバイクに乗る。
「最近、整備してちょっと手を加えたんだが、どう思う?」
「……何が違うかわからない」
「な、全然違うだろ、まずここが」
 そういって、熱く語りだすホーセイをぼんやりと見る。
 何を言っているのかは全然わからないけれども、
「バイク馬鹿」
 私は小さく呟いた。

 *

 長い講釈が終わるのと、家に着くのはほぼ同時だった。
「ありがとう」
「いや、こちらこそ、ありがとう」
 私のありがとうは家まで送ってくれたことに対して、
 彼のありがとうはきちんと仕事をしたことに対して。
「じゃぁ、明日のテスト頑張れよ」
 私の前髪を右手で優しくかきあげて、額に軽くキスをする。
 彼はこれをご褒美と呼ぶ。
 いつもどこかくすぐったい、この儀式が私は嫌いではない。
「それじゃぁ、おやすみ」
 そういって今度は私が彼の頬におやすみなさいのキスをする。
 ホーセイは笑って
「おやすみ」
 そう言うと、ご自慢のバイクで走り去る。
 それを見送り、私は家の中に入る。

 ソレが日常。
 何時も変わらないありふれたこと。