「今晩は」
 何時からだろうか、その少女はそこに立っていた。
 ここは私の部屋で、彼女は土足で、黙って入ってきたけど、そんなこと私は気にしなかった。
「今晩は」
 私は微笑んでそれを迎えた。
 黒い服に身を包んだ少女は大きな杖を持っていた。
「どなた?」
 私は尋ねる。
   少女は迷いもなく、言った。
「魔女です」
「魔女?」
「ええ、言い方を変えるならば“罪を狩る者”です」
 ああ、と私は笑った。
「いつか、そういう人が来るだろうな、とは思ってたから」
「動じていませんね」
「ええ、私の行った行為が、世間的にはどういう風に見られるのかは、わかっているから」
「でしたら、何故?」
 少女が問う。
 私は考えるそぶりを見せる。
 本当は、そんなの、考えなくてもわかっているけど。
「私はね、彼のことが好き。大好きで大好きで、本当に愛していて、彼がいない生活なんて考えられない」
「わかります」
 少女は一つ頷いた。
「貴女にもそういう人がいるの? 魔女さん」
「ええ。……本当に困ったことですけど」
 少女が呟く。
 少女の足元の猫が、彼女を見て何か言いたそうな顔をした。
「なら、わかってくれるでしょう? 彼がいない生活なんて耐えられない。彼がいない世界なんてありえない。私は生きていけない。だから、彼が私から離れていくなら私が彼を殺して、彼を私だけのものにするの」
 私は淡々と言い切った。
「計画は完璧だったのよ。でしょ? その証拠に、今警察に取り調べられているのは私じゃない。彼を轢き殺したトラックの運転手よ。……まぁ、その運転手には申し訳ないけど」
 だって、その人にはなんの非もないんだから。
 私は信号でよろけるふりをした。
 彼が私を助けなかったら、私が死んでもいいかなぁと思っていた。
 でも、彼は、ああ、私は彼のそう言うところが好きだったんだけど、私を助けてくれた。
 そして、彼は死んだ。
 嗚呼、私が殺したんだ。
「これで、彼は私のものよ、永遠に」
 私は笑った。
 最初は笑みだけだったけど、次第におかしくなって声にだして笑った。
「……貴女は、一つ勘違いしていますね」
 少女は寂しそうに呟いた。
「死んだらその人は自分のものになるなんて、そんなこと……。死んだらそれは、もう、神様のものなんですよ?」
 そういって困ったように少女は笑う。
「神様なんていたら、の話」
 少女の足元で猫が呟いた。
「かもしれないけど」
 少女はもう一度困ったように微笑んだ。
「でも、貴女が罪を犯したことだけは紛れもない事実です。ので、貴女の罪、狩らせて頂きます」
 少女はそう言って、私に向かって持っていた杖を振り上げた。
「ねぇ、魔女さん。あなたが言うこと、正しいわ」
 私は微笑ながら言う。
「例え私だけのものになってもね、彼が死んじゃったら私は生きていけないのは同じなの。ねぇ、私を、殺してくれるのでしょう?」
 少女は杖を持上げたまま首を横に振った。
「いいえ、それじゃぁ貴女に対してなんの罰にもなりませんから。……貴女は死ななくなるんです。永遠に。貴女は永遠に、その人に会えない。貴女は永遠に、もう他の誰かを愛せなくなる」
「殺してよっ!」
 私は思わず叫んだ。
「そんなの嫌よっ! 私は、私は彼のところにいきたいの」
「でも、その人はそれを望んではいない」
 少女の足元の黒猫がそう鳴いた。
 小ばかにしたような態度に腹が立つ。
「嫌よ、そんなのってない。彼だって一人っきりは寂しいに決まっているわ。私が行かなくちゃ、いってあげなくちゃ。彼は寂しがりやだから、だから」
「それは貴女の勝手な言い分ですよ。そもそも、その人は貴女の恋人なんかじゃないでしょう? 貴女が勝手にそう思っていただけで」
「違うわ、私は彼と恋人だったわっ!」
「違いますよ。貴女が恋人だと思っていても彼はそう思っていなかったし、もっと言うならば、世間的に言うならば貴女の行為はストーカーです。本当に好きならば、その人が嫌がっているのぐらい理解しなければいけなかったのに」
 少女は言った。
 冷たい口調だった。
「そもそも、彼の恋人を殺したのは貴女なんだから、貴女が彼に好かれるはずなんてないんですよ、永遠に」
「違うわ、彼は嫌がっていたのよ。あの女が彼に付きまとっていたから」
「だから、貴女は彼女を殺した? 自殺に見せかけて? そして、打ちひしがれている彼を慰めるふりをして近づいた?」
「彼はうちひしがれてなんかいなかったわ。あんな女が死んでせいせいしたはずよ。だってっ」
 少女は眉をひそめ、
「貴女には何を言っても無駄ですね」
 あきれた調子で呟くと、構えていた杖を振り下ろした。

 薄れていく意識の中、わたしは思う。
 私は何も間違っていない。
 彼は私を愛していた。
 彼は私を愛していた。
 かれは、わたしを

 *

 私は杖を下ろし、眠る女性を見る。
「……精神鑑定にかければ間違いなくひっかかるわね」
 足元でロザリーが言った。
 その言い方に私は苦笑する。
 そういうこともある。
 上手く、恋愛がいかなかったときに、壊れることもある。
 そういうこともある。
 私はそう思う。
 独り占めしたい気持ちもわからなくもない。
 多分、私とこの女性とを隔てているものは本当に薄いもので、一歩踏み出してしまえば私も仲間入りしてしまうのかもしれない。
「帰りましょう」
 入ってきたのと同じように、窓枠に足をかける。
 眠っている女性は、これからずっと死ぬことは無い。
 永遠に。
 私はため息をついた。
 ロザリーが肩の上にのってにゃんっと鳴いた。

 私がこうならないためにも、彼にはもう少しどうにかして欲しいと私は思う。
 むしょうに逢いたくなって、そんな自分に苦笑して、窓を蹴って夜の町へ飛び出した。