「スイリちゃん、悪いんだけど明日代わってくれない?」
 お皿も洗い終わって、さて次は何をしようかと思っている私に先輩が言った。
「明日? ラスト?」
「うん、18時から。駄目?」
 両手を合わせて可愛らしくお願いされる。
 この人は本当に綺麗な顔立ちをしているから、こういう動作も似合うのだろう。
 明日の予定を思い出す。
 明日は3限までだから終わったらホーセイの事務所に行こうと思っていた。
 けれども、事務所の仕事とバイトではバイトに重きを置くようにホーセイにも言われている。
「いいですよ、代わります」
「本当、ありがとうっ」
 そう言って先輩がぺこぺこする。
 布巾でも消毒しようかと思い、布巾を集め始める。
「予定でも出来ましたか?」
 極めて軽い口調で私は尋ねた。
「……っていうか」
 しかし、返って来たのは少し重い口調で失敗したと思った。余計なことを聞いてしまったか。
「会いたく、ないから」
 誰に? と尋ねようとしてソレが愚問なことに気付く。
 明日は12時からラストまで店長がいる。
 そしてこの人は、ついこの間まで店長と付き合っていた。
「なるほど」
「うん、だから、あの人が辞めるまで……会わないようにしようと思って」
 それは気まずいだろうなぁと思ったが、わたしは何も言わなかった。
 黙って、布巾を洗う作業に専念した。

 *

「代わって欲しいって?」
 次の日、いつものように事務所のドアをあけた私に店長は煙草を吹かしながら尋ねた。
「ええ」
「そっか」
 そのまま遠くを見る。
「新しい仕事、決まりましたか?」
 連絡ノートに眼を通しながら尋ねる。
「いや。……楽だよ、フリーター」
「いつまでもフリーターでいいと思っているなら大間違いですよ? ちゃんと、正社員の仕事探した方がいいです」
「わかってるんだけどねー」
 ノートにサインをして、もとの場所に戻し、更衣室のカギをとる。
「明日で、終わりですね」
「……うん。あいつには、悪いことしたと思うよ。こんなことになったせいで、今週は一度もはいれない」
 言われて私は肩をすくめた。

 着替えて戻る。
 携帯電話をチェックするとメールがきていた。
 こちらは、仕事用ではない方。
 みると、今日代わった先輩で、
「そういうことは自分でいえ」
 思わず私は呟いた。
「店長」
「ん〜?」
 仕事中に仕事用のパソコンで暢気にインターネットサーフィンをしているこの人にこのことを伝えていいものか一瞬迷ったが、頼まれたことは果たすべきだと思い、メールを読み上げる。
「面と向かってはいえないから、スイリちゃんに頼むけど、今週避けててごめんなさい。今までありがとう、って言う代わりに、これからも頑張って」
 そこで言葉をきり、あっけにとられている店長に言う。
「だ、そうですよ?」
 そういって携帯電話をひらひらさせる。
 店長はじっとこちらをみていたけれども、ゆっくりと目を閉じて、
「そっか」
 それだけ呟いた。
 役目を果たし、そろそろ時間なのでタイムカードを切ろうとした私に、
「スイリちゃん」
 店長が声をかけてきた。
 ちょっと嫌な予感がした。
「あいつに伝えてくれるか? 『いい先生になれよ』って。ありがとうの代わりに」
 彼女は小学校の先生を目指している。
「……わかりました」
 とてもいとおしそうな顔をして言う店長に、それはお願いではなく確認だと言いたい気持ちを押さえる。
 その言い方では断れない。
 タイムカードをきって、事務所のドアをあける。
「シフトインします」
「はい、お願いします」
 いつものように笑いながら片手をひらひらさせて店長はいった。

 ドアを後ろ手でしめる。
「だから、そういうことは自分で言えって」
 私はぼそりと呟いた。