「あら」
「あ、こんにちは、小鳥遊さん」
「どうも」
 お昼を食べに出たセルフタイプのカフェで、硯さんにあった。
「今日はあなた一人?」
「はい」
 ならいいか、と隣に腰を下ろす。
 あの男もいるというのならば、早急にこの店から出なければいけないところだった。
「最近、あまりお会いしませんね」
「そうね」
 別に会いたくないけどね。彼女と私が出会って、仲良しこよしというわけにはいかないのだから。
 検事である私「小鳥遊麗華」と、弁護士である彼女「硯茗」が顔を合わせる時は大体法廷で。そして陳腐な言い方になるけれども、その時の私たちは敵同士だ。被告人を追求する側と、被告人を弁護する側で。
 それに、法廷以外で彼女と顔を合わせるというのは、大体の場合が背後にあの男が絡むややっこしい事件の時なんだから。
 硯さんとは、司法修習の同期だった。
 法科大学院卒の私と違って、予備試験を受け学部在学中に合格した彼女は、その経歴からもわかるように年下なのにかなり優秀だ。
 検察修習では、上の覚えもよくて、この子が検事を目指していたらどうしようかと思った。検事の椅子は多くはないし、こんな子がライバルになったら六つも年上の私に勝ち目はないと思ったのだ。
 でも、やりたいことがあるからと、彼女を入れても弁護士二人しかいない弱小の法律事務所にそうそうに就職を決めた。優秀なのにもったいない、と当時他の同期たちと噂していたものだ。
 でも、その「やりたいこと」が彼女を在学中合格といった輝かしいルートへ導いたのだろう。自分の経験を生かして、被告人の家族を守るための弁護士になる、なんて。
 いずれにしても、かなり優秀で立派な人だとは思う。
 もっとも、
「一応聞くけど……まだ付き合ってんの? あいつと」
「あ、はい」
 男を見る目が無さすぎる。
 彼女の恋人は、渋谷慎吾。本人以外誰もいない、怪しい寂れた探偵事務所をやっている。
 噂では祖父の遺産があるとからしいが、そんな儲かりそうもない仕事で生計を立てられているところがまず怪しいから好きじゃない。
 それに、私は認めてはいないのだけれども、あいつは「名探偵」だというのだ。知り合いの刑事によると、名探偵というのは職業ではなく、生き物の名前で、事件を呼び寄せ、謎を食べ、生きながらえているのだという。
 事実、あの男が行く先々では、怪しい事件が多発しているらしいし、何度か私もあいつが解決したという事件を担当したことがある。
 普通の探偵は、殺人現場で関係者を集めて謎解きなんて披露しないのに、あいつはそういうことを普通にする。
 なんで民間人を殺人現場で野放しにしているのかわからないけれど。
 それに対して警察に文句を言ったら、
「でも、あいつは名探偵だから」
 と言われたのだ。上の方も黙認しているらしい。
 そんなバカバカしいことがあるわけない。私は、そんな夢物語みたいな、名探偵がいるという話は信じていない。
 ただ、まあ、実際あいつと一緒にいるとろくな目に遭わないので、避けることが多いけど。でもそれは、あいつが名探偵とかいう生き物だからじゃない。あいつがロクでもない人間だから。
 でも、警察も、そして硯さんも信じている。あいつが名探偵という生き物だということを。


第三章 検事の場合