「と、いうようなことがあったのです」 『なんか、青春ねー。年齢が青春劇にはほど遠いけど』 いつもの電話でこずちゃんに言うと、彼女は感心したんだかよくわからない相槌を打った。 『でもさ、杏子、守秘義務があるのに! って言ってた割に、私に話たじゃない? それっていいの?』 「う……」 痛いところをつかれて、ちょっと押し黙ると、 『外部の人間にだって言ったら駄目でしょう、守秘義務があるのに』 こずちゃんが楽しそうに言った。 「意地悪……」 『意地悪じゃないでしょ。今のうちから気をつけておかないと、あんたドジだから就職してからもほいほい喋っちゃいそう』 「うう……」 ないとも言いきれないところが怖い。 『でもまあ、ええっと、郁さん? だっけ? その人が言ってることは正しいね』 「え?」 『杏子、あんた結婚するとき婚姻届を出すだけで満足できる? できないでしょ?』 「……それは、結婚式をするかどうかってこと? そりゃしたいよ」 『最初は白、次はピンク、でしょう?』 電話越しに笑われる。からかう口調。 「それは! 幼稚園の時の話でしょう?」 『そうね。でもね、杏子。その結婚式をやるのにいくらかかると思う? まあ、ピンキリだけどさ。杏子、ローの学費二百万円だって言ってたよね? それぐらいは確実にかかるよ?』 「んー」 『結婚式もやりたいなら、それなりに貯金ができてからじゃないと。そうなると、やっぱりロー生っていうのは不利だなーって思うわけ。こういうのもどうかと思うけれども、必ずしも受かるわけじゃないでしょう?』 「まあ、ねー」 外部の人から見ても、やっぱりそこはリスキーなのか。 『ええっと、杏子がストレートで就職したら……、25歳とか?』 「うん」 『で、その池田君? とやらは』 「29、かな?」 『で、就職してちょっと落ち着くまで2年と考えても、池田君とやらは31歳でしょう? 普通の大卒の31歳がなにしてるか、って話よ。そっちは就職2年目のぺーぺーなのにっていう』 「あー」 耳が痛い。 「……本当、ロー生ってギャンブラーでアホー」 小さく呟く。そんなに将来のことを見通して考えたことなかった。あたしだけかもしれないけど、アホーなのは。 『まあ、でもね』 あたしの声色が暗くなったからか、こずちゃんがいつもより少しだけ優しい声で、 『そこまでしてなりたいものがあるっていうの、いいことだと思うよ』 「こずちゃん……」 『なんとなく就職している人もいるしさ。私も、別に今の生活が不満なわけじゃないけれども。寧ろ結構幸せだと思ってるけど』 そこで一度言葉を切り、 『たまに、たまぁにね、うらやましいと思ってる。杏子も、あと榊原も、自分の夢のためにがんばってる人』 こずちゃんの声が暗くなる。 「……こずちゃん、あの」 なんとか、なにか言おうとして、 『まあ、優しい旦那様と可愛い子どもに囲まれて幸せなんですけど』 それをこずちゃんの明るい声が遮った。 『杏子がこの幸せを手にするのはいつでしょうねー』 ちょっとバカにするような、言い方。でもそれに今は安心する。 「ふーんだ、弁護士になって素敵な旦那様見つけて、子どもも育てますよーだ」 『はいはい、がんばってー』 そのあと、軽くくだらない応酬をして、電話を切った。 幼稚園の時から一緒だった。大学は別だったけれども、それまでの十年近くを一緒に過ごして来た。 同じ道を歩いて来た。 だけど。 「……割と簡単にずれちゃうんだな、人生って」 ほんのちょっとだけ寂しくなった。同じものを見て来たはずなのに。 机の上においてある憲法の争点を手に取る。ヒロ君の字でされた書き込みを見る。ちょっと可愛い字。 「……がんばろう」 勢いをつけて立ち上がると、机に向かった。 法科大学院生は、貴重な二年乃至三年を勉強に捧げているのだ。ギャンブラーでアホーでも、ギャンブルの勝率はあげることができる。 負けられない。 |