あ、いた。 市立図書館の一階、児童書のコーナーで、今日も彼女の姿を発見した。 ちらちらと横目で彼女を確認しながら、窓際の閲覧テーブルに座る。 その閲覧テーブルには、同い年ぐらいの、余所の学校のセーラー服を着た女の子二人も座っていて、宿題かなにかをしているようだった。 彼女は、図書館でよく見かける女の人で、私はいつも気になっていた。 年は多分、ちょっと年上の、高校生ぐらい。だけど、学校に行っているようには、思えない。鎖骨の辺りまである髪の毛には緩くウェーブがかかっているし、いつも私服だし、第一、そういうフツウのことと縁遠そうに思える。 いつ来ても、真剣な顔をして絵本を読んでいる、なんて。 本を読むフリをしながら、彼女をちらちらと見る。 彼女が読んでいるのは、いつも絵本だ。それも、エドワード・ゴーリーとかのちょっとブラックな大人向け、とかじゃなくって、『ぐりとぐら』とか『しろくまちゃんのほっとけーき』とか、そういう完全に子ども向けのもの。 それをいつだって、彼女は真剣な顔をして読んでいる。 読みながら、彼女の表情はころころと変わる。笑顔になったり、悲しそうな顔をしたり、くすくす笑ったり。 彼女はすごく真剣に、絵本に向き合っている。 午後五時半。 ちびっ子達がそろそろ減ってきて、六時の閉館時間まで三十分になったころ。そのころに彼女のもとに、お迎えがくる。 お迎えにくるのは、彼女よりも年上の青年。二十代、前半ぐらい? 茶色に染めた髪をぼさっと伸ばし、シャツにジーパンというラフな格好。 右手に抱えているのは、数冊の文庫本。ミステリが好きみたいで、その人が抱えているのは、横溝や乱歩が多い。 「真緒」 少し離れたところから、小さな声でその人が名前を呼ぶ。 すると彼女は、ぱっと嬉しそうに顔をあげ、それまで絵本に向かってどんなに悲しそうな顔をしていても、瞬時に笑顔になる。 そうして、彼の元へ駆け出しそうになるのを、 「真緒」 もう一度、たしなめるように名前を呼ぶことで、彼が制する。 彼女はすとんっともう一度座ると、読んでいた絵本をまとめにかかる。 「どれ借りるの?」 「これー」 「はいはい」 彼女が手渡しした三冊ほどの絵本を持って、彼はすたすたと貸出カウンターの方に向かう。 「隆二ぃー」 置いて行かれたことに対し、不満そうに彼女は唇を尖らせる。 そうしながらも手早く、読んでいた他の本をもとの棚に戻し、猫耳がついたリュックを背負うと、足早に、だけど走らず、彼のあとを追いかける。 彼が貸出手続を終えた本をリュックにしまうと、なんだか楽しそうに話ながら帰って行く。 それがいつも、お決まりのパターンだ。 いつも気になっている。 あの人達は、なんなんだろう。 だけど、今日はいつもと違っていた。 彼が迎えに来た時、彼女は丁度、ぼろぼろと大泣きしているところだった。 彼女がずっと泣いているから気になって、さっき後ろを通るとき、何を読んでいるか確認してしまった。 『くまとやまねこ』。私も読んだことがある絵本。確かに悲しい話だ。くまと仲が良かったことりが死んでしまうお話で。 ぼろぼろ泣いている彼女を見ると、彼は一瞬、ぎょっとしたような顔をして、いつもゆったり歩いているのに、やけに早足で彼女の隣に立つ。 「何?」 言いながらも、彼女の手から絵本を取り上げ、ぱらぱらと捲っていく。 彼の手が最後のページを捲り、 「ああ」 納得したかのように頷くと、ぽんぽんっと彼女の頭を叩いた。 「熊に山猫がいて、よかったな」 そして何の躊躇いもなく、そう言った。彼女も、小さく頷く。 それになんだか、なんだか胸がどきどきした。 やまねこは物語の中盤、ことりの死を受け入れられず閉じ籠ってしまったくまのもとに現れる。ことりのことを忘れなくちゃ、と言う周りの友達とは違い、やまねこは仲が良かったのだね、とあるがままを受け入れ、くまの心の傷を癒す。そんな重要な役割をしている。 ことりが死んでしまって悲しいから泣いているのではなく、ことりが死んでしまって悲しんでいるくまを立ち直らせてくれたやまねこがいた。そのことに、彼女は感動して泣いていた。 そして彼は、ほんの少し絵本を捲っただけで、その理由に思い当たったのだ。いとも簡単に。 だって、ただ見ただけならば、ことりが死んだことが悲しいともとれるのに。 「ほら、帰るぞ」 くしゃくしゃっと頭を撫でる、その手は傍目に見ていても優しい。 「どれ借りる?」 彼女は黙って、いくつかの本を彼に手渡した。その中には、『くまとやまねこ』も入っていた。 彼は頷くと、もう一度軽く彼女の頭を叩いて、貸出カウンターに向かった。 彼女はぐいっと左手の袖で目元を拭うと、いつものように本を元の場所に返して、彼のあとを追った。 ほんの少し見ただけで、彼女が泣いた理由にいきあたる。 同じ本を読んで、同じ感想を抱く。相手がどう思ったかが、わかる。 その距離感に、どきどきした。だってそれ、ちょっとやそっとの仲の良さじゃできないことだもん。 あの人達は、何者なのだろうか。 |