学校は嫌いだ。
 全力でアウェイだ。
 私は、この学校では異分子だ。
 まず、ビジュアルからして。
「だーからー、澪にはこの前言ったじゃん。カレシのこと」
「言われたけどー。え、まだ付き合ってたのぉ?」
「まだってなにぃー!」
 けらけらとした澪の笑い声がする。教室の真ん中の方から。
 朝のSHRが始まるまでの、短い時間。それから休み時間。
 それら全てを、私は廊下側の一番後ろの席で、身を小さくして本を読むフリをして、時間をやり過ごす。
 視界の端で、机に座った澪の足が揺れる。
 一緒に、グリーンのチェックのスカートも揺れた。
 この学校の女子の制服は、グリーンのチェックのスカートに、ブレザーだ。
 対して、私が着ているのは、黒に白線の入ったセーラー服だ。
 転校して来たのは、二年にあがる五月だった。その中途半端な時期に、丁度合うサイズの制服がなかった。
 だから、前の学校の制服をそのまま着ている。
 本当は、今ならこの学校の制服も手に入るのだろう。
 それでも私は、あのブレザーを購入するつもりはない。
 したくない。
 だって、あれに着替えてしまったら、もう前の学校には戻れないみたいじゃないか。
 私は、母が元気になったら、帰るのだ。東京に。
 親しんだ世界に。
 こんな場所じゃなくて、私の居場所に。
 その信念をこめたセーラー服が私を支えてくれている。
 同時に、
「あいつ今日も黒いなー」
「服が黒いからなー」
「つんっとすましてな。私はここの人間じゃありません、みたいな」
 この格好が、より一層、この学校から私を切り離している。
 そんなこと、わかっているけど。
 本を睨む。
 文字は頭に入ってこない。
 そんなことわかっているけれども、だけれども私はもう、ここにはいたくない。
 帰りたい。
「どうせすぐに東京に帰るもの、とか思ってんだろ」
「帰れんのかね」
「は?」
「死ぬんじゃね、母親」
 どこかから囁かれたその言葉を、耳は的確に拾い上げた。
 思わずばっと顔をあげる。
 心臓がドキドキする。痛い。
 顔がかっと熱くなったのがわかったけれども、それでも心臓は水をかけられたように冷たい。
 なんで、そんなこと言うの。
 発言主を探そうと立ち上がりかけたとき、
「あのさ」
 澪が机からおりて、窓際にいた男子三人の前に立った。
「んだよ」
「言っていい冗談と悪い冗談があんでしょ、理解しなよ。あんたら、もうガキじゃないんだからさぁ」
 怒鳴りつけるような口調でそう言う。
「なんだよ、澪。お前だって、あいつウゼーっていってんじゃんかよ」
 その言葉にすっと熱が冷める。
 ああ、やっぱり、彼女はそう持っているのか。
 当たり前だ。
 突然あらわれた従妹が、うざくないわけがない。仲良くもないし。
「それとこれとは話が別」
 澪もまた、それを特別否定したりしなかった。
 ふんっと腕を組んで、三人を見る。
「あたしの伯母さんを勝手に殺すなつってんの、わかる?」
 そこで三人は、私の母親イコール、澪の親戚ということに思い至ったらしい。なんだかごにょごにょいいながら、顔を見合わせている。
「そういうことだから」
 澪は勇ましくそう告げると、また自分の席へ戻って行く。
 その途中で、両手を机の上について、立ち上がる一歩手前の私に気づくと、澪は一瞬、顔を歪めた。それがどういう意味なのかわからない。
 それにしても、今のは、庇ってくれたのだろうか?
 そこで先生が来て、朝のSHRが始まった。だからその場ではうやむやになった。

 休み時間も澪は大体友達と居たし、話かける機会が見つからなかった。
 ようやく話しかけられたのは、五限と六限の間の休み時間だった。
 ばったりトイレであった。
 先に澪がいて、丁度手を洗おうとしているところだった。
「あ……」
 小さく声をあげる私に、澪は片眉をあげただけで何も言わなかった。
 それにしても、彼女も一人でトイレに行ったりするのか。誰かと一緒だったりしないのか。女の子にとって、一人でのトイレって、死活問題だと思うのに……。
 まあ、男らしい彼女のことだから、かえって納得ができるけれども。
 そんなことを思いながら、この空気をどうしようか思案していると、
「言っとくけど」
 先に、手を洗いながら澪が言った。
「はい?」
「あんたを助けたんじゃないから」
 横目で睨まれる。
 それが、朝のできごとを言っているのだと理解するのに、少しの時間がかかってしまった。
「でも」
「あたしがむかついただけだから」
 強い口調で言われる。
「……わかった」
 小さく頷くと、澪は唇の端をあげるようにして笑った。
「伯母さんには元気になってもらわないと困るのよ、あんたにいつまでもここに居てもらっちゃね」
 そのまま澪はそういうと、私と入れ違いにトイレから出て行った。
 ああ、そうか。
 迷惑だから。
 そうだよね。
「……ごめんなさい」
 いつまでもここにいて。
 私がはやく東京に帰りたいのと同じように、澪も私に、はやく出て行って欲しいと思っているのだ。