作戦の変更か、別の段階にうつったのか。
 あの廃工場での一件以来、ここ二週間、妙にX達がでてくる。以前は三日に一回ぐらいだったものが、今では一日二体でてくることもある。
 まったく鈴間屋拓郎は何を考えているのやら。
 思いながら銀次は、戻って来た自室のベッドに倒れ込んだ。
 もらった薬のおかげで進行は遅い。以前みたいな苦痛はない。それでも、疲労は濃い。抜けない。
「……ねむ」
 何が悲しくて一日に二回も変身しているのだろうか。
 思いながら目を閉じる。
 アリスにばれてしまったおかげで、休みやすくはなっている。それはもしかしたら、よかったことなのかもしれない。
 寧ろ、あの一件のあとアリスは、
「片付くまで運転手やらなくていいから」
 なんて言っていた。それは流石に手持ち無沙汰になるし、出来る限り運転手の仕事もすると伝えたが、実際ここ二週間、まったく運転手の仕事をしていない。
 ああ、そういえば、今日はまだお嬢様の顔を見ていない。朝から立て続けに戦っていたからな。あとで顔を見せておかないと、また余計な心配をかけてしまう。
 そう思いながらも、のしかかってくる睡魔に身を任せ、瞳を閉じた。


「白藤、帰ってきた?」
 アリスの部屋で、アリスが尋ねると、優里は一つ頷いた。
「ええ、呼んできますか?」
「ううん。ちゃんと帰ってきたならいいの」
 疲れているだろうし、休ませてあげたい。
 ああ、でもそういえば、今日はまだ会っていない。もう少ししたら、様子を見に行ってもいいだろうか。
 パソコンをいじると,今日のXにかんする記事を呼び出す。最近多発するXについて、記事はメタリッカーに期待する、無責任な終わり方をしていた。
 小さく溜息をつくと、
「どうしました、アリスお嬢様?」
 優しく優里が尋ねてくる。
「……世界を守るために、白藤だけが傷つくの、理不尽だなって思ったの」
 自分はなにも出来ていない。そして、世界の大多数がなにも出来ていない。何も知らずに、ただメタリッカーに期待している。メタリッカーの正体もしらず、その影に隠された白藤の苦痛も知らず。
「まあ、それは少し前の私と一緒なんだけどね」
 もう一つ溜息。
 理不尽だ。世界はとっても理不尽だ。
「本当、そうですよね」
 優里も一つ頷いた。
「優里もやっぱりそう思う? 白藤に申し訳ないっていうか」
「銀次さん、許せませんよね」
「は?」
 被せ気味に言われた言葉が、予想外で問い返す。え、なんでそういう話になっちゃうの? 許せない?
「だって、許せないじゃありませんか」
 優里は穏やかな微笑を浮かべたまま続ける。
「銀次さんはアリスお嬢様の運転手なのに、その仕事をおろそかにして、メタリッカーになんかうつつをぬかしている。そんな銀次さんのこと、優里は許せません」
「……私が運転手はいいって言ったの」
「存じております。ですが、だからといって本当に放ったらかしにすることはないでしょう」
 微笑んだままの言葉に、ああ、彼女は本当に怒っているのか、と思った。なんか大幅にずれている。
「優里、悪いのはあの大バカくそ親父だし、白藤は私達をXから守ってくれているわけだから、そんな風に言うのは」
「それです」
 強い口調で遮られた。どれ。
「いいですか、アリスお嬢様。銀次さんはアリスお嬢様の運転手です。それは、間違いありませんね?」
「……ないね」
 そういう雇用関係だ。
「なのに銀次さんはいま、世界を守ろうとしている。ちゃんちゃらおかしくて、臍で茶が沸いてしまいます。いいですか、銀次さんは」
 そこで優里は一段と綺麗に微笑んだ。女のアリスも思わず見惚れてしまうような、綺麗な微笑。しかし、相変わらず、笑うタイミングがおかしな人だ。
「アリスお嬢様を守っていればいいんです。世間などではなく」
 言われた言葉にきょとん、っとする。
「……いやいやいやいや」
 それから顔の前で軽く片手を振った。
「おかしいでしょうそれ」
 優里は自分のことを、どれだけ傲慢な我が侭お嬢様だと思っているのか。
「おかしくなどありません。銀次さんはそうすべきなのです。少なくとも、優里ならばそうします。アリスお嬢様をお守りするために、世界を救います。優里はそういう、心構えの話をしているのです。大体、銀次さんには世界を守ろうなんていう心構えなんてありません。あの人はただ、流れで仕方なく変身しているだけなのです」
「……流れで仕方なく変身させているのは、私だよ」
「いいえ、鈴間屋拓郎であって、アリスお嬢様ではありません」
 何度も申し上げましたが、と優里が続ける。
 優里もシュナイダーも、銀次だって、そのことはもう何度も言ってくれている。アリスは関係ない、と。
 でも、どうしてもアリスには、それを切り離して考えることができない。鈴間屋拓郎はあれでも父親で、鈴間屋の代表取締役兼社長だ。アリス側の人間だ。責任を感じないわけには、いかない。
「心構えがないと、危ないですよ。無事に帰って来なければならない、という意思が失われます」
「……うーん」
 イマイチ何を言っているのかがわからない。
「帰ってくるぞ、という意思は人を現世にしばりつけます。引き止めます。今の銀次さんにはそれが足りません。優里はそれが心配です」
 それに、と優里は笑顔を消して続けた。
「アリスお嬢様、今お寂しいじゃありませんか。銀次さんにお会いできなくって」
 言われた言葉をしばし考え、確かに今日会ってないなとかさっき考えちゃったな、と思う。
「……私、寂しいのかな」
 思いついた思考を口にして、自分でうんざりする。この状況下で寂しいとか、何をかんがえているのやら。
「寂しくないし」
「ですが」
「この話終わり!」
 まだなにか続けそうな優里を遮る。
 メタリッカーの記事を保存すると、別のファイルを立ち上げる。
 過去にも遡ってできるだけメタリッカーやXにかんする記事はあつめてある。なにかに使えるかもしれない。
 研究所の人々には、引き続き研究を続けるように頼んである。
 さて、それじゃあ自分にできることは。
 少しでも銀次の手助けになるようにできることは。
「優里、お願いがあるの」
「はいなんでしょうか」
「お兄さんと連絡とってくれない?」
 アリスのお願いに、優里は露骨に嫌そうな顔をした。あ、ちゃんとそういう顔もするんだなぁ。
 彼女にしては珍しく、躊躇うような間を置いたあと、
「……アリスお嬢様のお願いごとであれば、優里はなんだって全力で叶えたいと常日頃から思っていたので引き受けますけれども、だけれども、なんだってほんとうにもう」
 ぶちぶち言いながらも、仕方ありませんね、と優里は一つ頷いた。
「かしこまりました」
 そうして、ふっと何かを思いついたのか、とびっきりの笑顔を浮かべると続けた。
「これは銀次さんへの貸しにしておきます」


 ぞくり、と背筋になにか寒気を感じて銀次は目を覚ました。
 なんだ今の、なんだかすごく嫌な予感。それともはたまた、風邪だろうか。こんなところで風邪なんてひきたくない。無様にも程がある。
 起き上がると一つ伸びをする。
 だいぶ疲れはとれた。時刻はもう、夕方だ。
 一度、アリスのところに顔をだそう。
 鏡を見ると、髪型や服装を整えていく。スーツ姿なのは、今だって変わらない。これ以外に、まともな服持っていないし。
「よし」
 鏡の前の自分に気合いを入れると、部屋をでた。

 アリスの姿は、庭の隅で見つかった。置いてあるベンチに腰掛け、なにを考えているのか、ぼーっと外を見ている。
「お嬢様」
 声をかけると振り返って、
「ああ、白藤」
 つんっとすました感じで答えた。
「平気なの?」
 そのままの口調で言われる。まったく、可愛げがない。
「はい、おかげさまで」
「そっ」
 軽く頷いて、視線を外す。けれども、その口元が少し緩んでいる。そういう、可愛げがないところが可愛い。
「お嬢様、今日は結果的に、一日お休みを頂いてしまって、すみません」
「いいっていってるでしょ、そのことは。どうせ、でかけてないし、今日は」
「そうなんですか?」
「色々、家でやりたいことがあって」
「……ならお嬢様」
 ほんの少し声を和らげると、なにかに気づいたのかアリスはまた、こちらを向いた。
「少し、ドライブにでも行きましょうか?」
 尋ねた瞬間、アリスの顔がぱぁぁっと華やいだ。それをごまかすようにアリスは、視線を逸らし、
「行ってあげても、いいけど?」
 なんて嘯く。
「ええ、是非お願いします」
 だからこちらが下手にでて、お願いしたのだった。