ここで全ての決着をつけてやる。これが最後の変身だ。
 そんな思いでメタリッカーとなる。
 あちらこちらにXの気配を感じ過ぎて、些か気持ち悪い。
 気配を数えようとして、うんざりしてやめた。意味がない。
 いつもの見慣れた駅前通りが、逃げ惑う人々と、大量のXで阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。
 X達はどうやら建物の中にも入っているらしい。
 これらから全ての人々を守るのは難しい。
 それでも、出来るだけ被害は少なくしたい。そうした方が、アリスの心の負担が少ないから、だ。
 どこかの制服を着た女子高生に襲いかかろうとしているXを蹴りとばすと、そのすぐ近くでショーウィンドウを破壊してケーキ屋に入ろうとするXの頭を掴んで地面に叩き付ける。
 近くにいるものから、人を襲おうとしているものから、目についたものから、片っ端から倒していく。
 出来るだけ力は温存したい。だからレーザーソードは使わないようにしよう。
 そうは思っていたが、素手だけではなかなか埒があかない。
「スパイラルキック!」
 一体粉砕。
 着地すると同時に迫って来た一体へ頭突き。倒れたそれにさらに攻撃を畳み掛けようとする、が別のところからもう一体が飛んで来る。
 それを避けて、殴り飛ばす。
「くそっ、次から次へと!」
 お前等はゴキブリかっ!
 四体を一度に相手にするはめになる。
 アッパーを喰らわせて、とんでくる攻撃を避けて、さらに蹴り倒して。
 埒があかない。
 レーザーソードで一掃したようかと思っても、次から次へと来る攻撃を避けて、突き放すのが精一杯でレーザーソードをなかなか呼びだせない。
 両手を使って二体をつきとばすと、この隙に、とデバイスを操作する。
 その瞬間を狙ったのか、どこからともなく五体目が現れた。
 あと少しなのにっ。
 五体目の攻撃を避けて、体勢を崩す。
 ふらりとよろけたところに、別の一体の攻撃が降ってきた。
 体が傾いでいくなかでは、体勢を変えることができない。
 ヤバい、避け切れない!
 そう思ったとき、どこかから銃弾が飛んで来た。
 そしてそれを受けて、Xが倒れた。
 ……倒れた?
 銃弾は効かないはずでは?
 疑問が胸を過るが、余所見をしている場合ではない。
 途中だったデバイスの操作を終え、
「レーザーソード!」
 を呼び出す。
 そして、
「メタリッカークラッシュ!」
 その場にいた全てのXを薙ぎ払った。
 新たなXの出現がないことを確認すると、ひとまず息を吐く。
 でもまだ向こうのほうに気配がする。いかなくては。
 その前に、さっきの銃弾は一体。
 思っていると、
「銀次くん」
 名前を呼ばれる。メタリッカーではなく、自分の名前を。
 黒ずくめの格好をした、覆面をした謎の男が、銃を片手にやって来る。
 しゃんっと伸びたそのシルエットには、なんだか見覚えがある。
「大丈夫ですか?」
 再び発せられた覆面男の声。聞き覚えがある。
 って、まさか、
「その声は、シュナイダーさんっ!?」
 なにやってるんですか!
 それはどう考えても鈴間屋の執事長だった。
 シュナイダーは少し覆面をあげて見せる。覗いたのは、やはり見知った顔だった。
「私が元軍人なのは知りませんでしたかな?」
 にっこり笑って彼が言う。
「……名前以外の情報、初めて知りました」
 まあ彼のことだ。過去にどんな経歴があっても今更驚かない。
「その格好は?」
「有事とはいえ、一応銃刀法違反なので身元を隠してみました」
 名前呼んでいたら意味ないし、警察だって機能してないだろうに。
「まあ、あとは気分ですね」
「気分って。っていうか、なんですか、さっきの銃弾は。なんでXに効いたんですか」
「塵になって消えるXをつめた銃弾です」
 ぎりぎり開発が間に合ったんですがね、とシュナイダーは続ける。
「Xを倒すことができるのはXだけ。しかし、その効果は塵になって消えようとするときも残っていたんですよ」
「……そんなものも研究していたんですか」
「ええ、できることは、可能性は、すべて行うのが私のモットーです」
 なんでもないようにシュナイダーが言う。よっぽど大したことだ。
「さすがですね」
「銀次君にだけ頑張らせるわけにはいきませんよ」
 他にも何人か、自衛隊出身者とかが辺りに散らばっていますよ、とシュナイダーが続ける。
 ああ、確かに、少しずつXの存在が消えている。
「もっとも無理はしませんが。危なくなったら無理せず逃げろ、自分の身を第一に考えろ、というのがお嬢様の命令ですので」
「ああ、そうですね」
 アリスが言いそうなことだ。そして、その方がいい。
「そのお嬢様ですが」
 シュナイダーが口を開きかけたとき、ぷつっと音がして駅ビルのスクリーンの映像が乱れる。なにかのCMを流していたそれが切り替わり、現れたのは、
「お嬢様っ!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげる。
 テレビ画面に写ったのは、鈴間屋アリスの姿だった。
「これがお嬢様のできることで、やることです」
 全てを知っていたのであろう。シュナイダーはちっとも驚きを見せずに続ける。
「え、なんで」
「電波ジャックです」
「さらっと怖いことをっ」
 そんなことを言っている間にも、画面に映ったアリスが話だす。
「Xに襲われて驚いているところに、さらに驚かせてしまってすみません。スズマヤコーポレーションの鈴間屋アリスです。現在、鈴間屋ではスズマヤコーポレーション所有のシェルターを開放しています。焦らず、落ち着いて向かってください」
 いつもよりもゆっくりとした、落ち着いた口調でアリスが告げる。
「……シェルター?」
「元々は旦那様の趣味の産物なのですが、あるんですよ鈴間屋には」
「……なんか皮肉ですね。それを解放するんですか?」
「ええ、いざとなったらそうしよう、とお嬢様が決めていらっしゃいました。この放送も、怒られるかもしれないが、いざとなったらやる、と」
「お嬢様が?」
「ええ」
 なるほどまったく、有能過ぎるのだ。アリスがメタリッカーのことを知って二週間とちょっとしか経っていない。ある程度はその前からシュナイダーが決めていたのだろうが、それにしたって短期間でここまで決めて行動するなんて。アリスも、シュナイダーも、鈴間屋の人間は有能過ぎる。
 なんでもないただの運転手の自分だが、有能さのかけらもないが、それでもいま、ここで戦い抜こう。
「最後に」
 アリスの演説は続いている。
「今、この状況で、最前線で戦う人がいます。自分の身を削ってまでも戦っている人がいます」
 その言葉に、銀次はメタリッカーのマスクの奥で、大きく目を見開く。彼女は一体、何を言いだすのだ。
「だから、私は一般人が傷つくことを許しません.守られる貴方達が傷つくなんて許しません。彼に、応えなさい」
 アリスがそれだけ言うと、放送は、始まったときと同じぐらい唐突に終わった。
 ただ、シェルターの場所を示す地図だけが表示されている。
「……お嬢様」
 銀次は呆れて呟いた。
「赤の他人の一般人にあんな言い方して。反感買うだけだろうに」
 そうやって呆れる想いの一方、少し嬉しい。彼女は気にかけてくれている。自分のことを。
 どこまでいっても、傲慢で我が侭で勝ち気な彼女が愛おしい。
「まったくですね。今の発言は正直、私も予想外でした。やはり、銀次くんがお嬢様をとめてくださらないと」
「そうですね」
 だから必ず帰らないと。彼女の元に。
 想いを新たに誓う。
「それじゃあ、シュナイダーさん。無理のない程度に」
「はい。人々の誘導も一緒に行いますので」
 頼りになる執事長に言葉を残し、銀次はかけだした。
 さきほどから、一際大きな反応がある。強いXの気配がする。
 ただの勘、だ。
 それでも、きっと。
 そこに鈴間屋拓郎がいる。

 気配の方向に走っていく途中、わらわらと湧いていた有象無象のX達を叩き潰す。通行人の気配は殆どない。ほとんどが無事に逃げていればいいのだが。
 力の強い気配は、駅前で最も高いビルの上の方からした。
「なんとかと煙は高いところが好きだからな」
 ふんっと鼻で笑うと、ビルの中に入り込む。荒らされている受付の横をとおり、飛び上がるようにして階段を駆け抜ける。
 最上階の部屋のドアを開けると、
「やあ、白藤」
 案の定、鈴間屋拓郎がそこに居た。
 そしてその隣に佇むXの姿に、銀次の足が止まる。
「はは、驚いたかい?」
 拓郎の隣に佇むXは、他のX達とは違っていた。他のX達が元になった動物達に依拠した姿であるのに対して、そこにいるXは人型に近かった。
 というか、
「黒い、メタリッカー?」
 自分の姿の、色違いと言えた。
「どうだい、白藤? 不完全なお前と違う、これが私の最高傑作だよ」
 拓郎が笑う。嘲笑う。
「最高、傑作?」
 自分に欠陥があるとするならば、拓郎からみて欠陥があるとするならば、それは未だに体内のXに体を乗っ取られていない、ということだ。
 と、するならば、
「人を、実験体に使ったのかっ」
 目の前のXも、人が媒介になっているはずだ。
「ああ。だが、そう怒るな。生きている人間じゃない」
「は?」
「生きている人間だとXが乗っ取るまで時間がかかることがわかったからな。死体を使ったんだ」
 倫理観に欠けた発言を、拓郎はなんの躊躇いもなく続けて行く。
「Xに襲わせて、死んだ人間を使った」
「てめぇっ」
「それが雇い主にする言葉遣いかね、白藤」
「ほざけっ。あんたはもう、雇い主でもなんでもない」
 自分が付き従う主人は、アリスだけだ。
「アリス、ね。あんな出来損ないの娘の、一体どこがいいのやら」
 ふんっと鼻で拓郎は笑った。
 その動作に、言葉に、かっと頭に血がのぼる。
「黙れっ。外道の分際で、お嬢様を愚弄するな」
 出来損ないはお前の方だ。
「ああ、まあそうだな。出来損ないの失敗作であるお前に何を言っても無駄だな」
 呆れたとでも言いたげに首を振りながら、拓郎はXに命じた。
「さぁ、あいつを倒せ。それでお前は本当に」
 愛おしそうに、笑った。
「私の最高傑作になるんだ」