有能なる鈴間屋家の使用人達を使用する側の人間、鈴間屋アリスもまた、有能であった。
 現在十六歳の彼女の、最終学歴はとある国の大学院卒である。学位は博士である。
 有能で優秀過ぎる彼女は、飛び級に飛び級を重ね、日本の外で教育を終えたのであった。
「ああ、だからお嬢様はそういう性格でお友達がいらっしゃらないんですね」
 と、かつて銀次には言われた。
 余計なお世話だ、放っておいて欲しい。っていうか、雇用主に対する態度じゃないだろう、本当。もっとも、直接の雇用主は鈴間屋拓郎の方だが。
 とはいえ、実際問題として、同年代の友人がいないというのが、自分の人格形成にだいぶ影響を与えているとは思う。
 それから、はやくに母親を亡くしたことも。
 アリスの母親はアリスが小学校にあがったぐらいに亡くなった。元々体が弱く、入院をしていることも多かったから、アリスに母親の記憶は少ない。
 母が生きていれば、もっと色々違ったのだろうな、と子供心にずっと思ってきた。
 母親代わりに面倒は、優里をはじめとしたメイド達やシュナイダーが見てくれたけれども、代理人は、やはり本人ではない。そのことがずっと、寂しかった。
 そして、父。鈴間屋拓郎。
 製薬関係の研究をしているにもかかわらず、妻を病気で亡くした。そのことが、よりいっそう、拓郎を研究に駆り立てた。代表取締役社長という立場にいながらも、その毎日のほとんどを、彼は研究所で過ごしていた。
 認めたくないけれども、アリスは幼いころそれが寂しかった。
 母がいない分、父ともっと一緒に居たかった。
 もともと、頭はよかったが、その寂しさを打ち消すように勉学に励み、気づいたら今の場所にいた。
 アリスの頭の良さは、製薬の研究ではなく、経営の方に発揮された。
 研究バカの父親に代わって、実際にスズマヤコーポレーションを動かしているのは、実権を握っているのはアリスだ。
 だから、鈴間屋拓郎が唐突に失踪しても、スズマヤコーポレーションは代わりなく経営を続けていられる。もともと、アリスが仕事をしていたが、この半年、彼女の肩にのしかかる仕事の量は桁違いに増えた。
 別にそれは苦じゃない。仕事は好きだ。
 だけれども、そういう問題じゃない。
「バカ親父」
 自室のバカでかい執務机に座りながら、アリスは思わず小さくため息をついた。
 いくらアリスが仕事好きでも、いくらアリスが実際に会社を動かしているといえども、それが鈴間屋拓郎が失踪していい理由には繋がらない。なぜそんな簡単なことをもわからず、ほいほい姿を消すのだろうか、あのバカ親父は。
 終えた書類をひとまとめにして、椅子に座ったまま大きく伸びをする。
 時計を見たら、深夜二時半だった。今日こそ日付が変わる前に寝たかったのに。
 ため息をつきながら椅子から立ち上がる。
 頭が冴えてすぐには眠れそうもない。なにかあたたかいものでも飲んでから寝よう。
 上着を羽織ると、キッチンの方に向かって歩き出した。