峯岸は、デザフェスの一件以来、ちょっと変わったのかもしれない。相変わらず愛想ないけれども、多少積極性が身に付いたようだ。
「電話やだー、電話やだよー。面接もやだよー」
 などと二時間に渡り、ひとの家でぐだぐだ言っていた翌日には、ちゃんと次のバイト先を見つけて、ちゃんと採用されていた。前と同じようなチェーンのカフェらしい。
「あーもーやだ、ちょーやだ、マジ憂鬱、やすみたいー、ぶっちしたいー」
 などと初日から、怨嗟の声をまき散らしながら、向かって行った。
 まったく。仕方のない子。
 呆れて笑いながらその背中を見送ると、店に戻る。
 絵の方も、最近特にがんばっているらしい。他人に見てもらって、やる気がでたとかで。今までなあなあになっていたコンペへの提出もがんばることに決めたのだ、と言っていた。いつまで続くかわからないけれども、峯岸は変わった。
 私も、報酬についての取り決めを行ったからか、才能があると言ってもらえたからか、心があの日以来ぐっと軽くなった。二人を手伝うことに、もう罪悪感を感じることなんてない。勿論、公私はちゃんとわけるけど。
 前よりもいっそう、いいバランスになったと思う。
 店内のmine meのスペースを見て、ふふっと笑う。
 とても平和で、とてもいい感じだ。
「あの」
「あ、いらっしゃいませ」
 平和ぼけしていた私は、かけられた声に慌てて振り返ると、営業スマイルを浮かべた。
 ショートカットでスレンダー、一見すると美男子にも見える女性が立っていた。
 彼女は、mine meのスペースを指差して、
「これって、美作敦史の?」
 そう尋ねてきた。
「え、ええ。そうですけど」
「やっぱり」
 頷いた彼女の右手には、デザフェスの時に配ったチラシが握られていた。それで見て、来たのだろうか?
「大変申し訳ないんですけど、あいつの連絡先教えてもらえます?」
 不愉快そうに歪められた眉。
「……失礼ですけど、貴女は?」
「笹原柚香。あいつの幼なじみです」
「はぁ、幼なじみ……」
 というか、いくらなんでも連絡先を勝手に教えるわけにはいかない。
「ええっと、とりあえず私から美作さんに連絡してみてもいいですか?」
「構いませんが、わたしが来たっていうとあいつばっくれると思うんで、伏せてください」
 どういう仲なの……? 仲、悪いの?
「ここに、呼びますか? すぐ来ると思いますけど」
 今日は家にいるだろうし。
「お願いします」
 言われたので、椅子に座ってもらい、店の電話からかけてみる。
「美作さん、おはようございます。あの、……ちょっと降りて来てもらっていいですか?」
 電話のあと数分で降りて来た美作さんは、
「三島さん? どうしたんですか」
 いつものような微笑みを浮かべながら店内に入って来て、
「げっ、柚香」
 笹原さんの顔を見た瞬間に、表情を歪めた。そんな顔、初めて見る。嫌そうな顔。私達の前では決して見せない顔。っていうか、呼び捨て……。
「やっと見つけた敦史」
 笹原さんも呼び捨てにすると、つかつかと美作さんに歩み寄って行く。
「あんた何なの? 着拒して」
「……なんでしないと思うんだよ。っていうか、なんでここが」
「これ」
 ぴらっと彼女がチラシを見せる。
「デザフェスで売り子頼んだ友達が、あんたのとこのアクセサリー買ってきてて。この折り紙は絶対そうだろうな、と思ったの」
「……ああ、そう」
 うんざりしたような美作さんの言葉。
 二人のやりとりを、私はただおろおろと黙って見守るしかできない。
「何か用?」
「用があるから来たんでしょうが。ちょっと顔貸しなさい」
 そういうと笹原さんは、美作さんを促して外に出ようとする。
「あ、あの」
 さすがにあまりにも置いてけぼりなので声をかけると、
「お騒がせしました」
 ぺこり、と笹原さんは頭を下げた。
「そ、それはいいんですけど……」
「ごめん、三島さん、あとで説明する」
「はあ……」
 美作さんが両手をあわせてそう言い、笹原さんに追い立てられるようにして消えて行った。
 一体なんだというのか。
 幼なじみ? だからあんなに親しそうで? でも、着拒してたの? デザフェスで売り子頼んだって、あの人もなんか作っているんだろうか。
 ああもう、なんだかよくわからない。
 ……峯岸、お願い、はやく帰って来て。
 どうしたらいいかわからない気持ちを抱えて、祈った。

「美作が女にひっとられていった??」
 バイトを終えて戻って来た峯岸を、店に引きずり込むと、昼間のことを伝える。
「そう」
「……何、あいつに知り合いとかいたんだ?」
 失礼極まりないことを峯岸が呟く。
 一体どういうことなのか。お客さんが居ないのをいいことに、ああでもない、こうでもないと二人で話していると、がちゃり、とドアが開く音。
「いらっしゃいませー」
 振り返ると、
「あ、美作さん」
 そこに居たのは、困ったような顔をした美作さんだった。一人だけ。笹原さんはいないみたいだ。
「さっきはすみません」
「あ、いえ、こちらこそ。だまし討ちにみたいに呼んじゃって」
「いえ、柚香のやることなので。……あの、お話があるんで、お店終わったら俺の部屋、来てもらってもいいですか?」
 なんだか暗い声で告げられた言葉に、私と峯岸は顔を見合わせた。