「今までありがとうございました」 引っ越しの日、美作さんは店の前でそう言った。 「こちらこそ」 私は笑ってそう言うと、 「今後とも」 付け足した。美作さんはにっこり笑って頷いた。 「明太子! 明太子!」 峯岸が、横から囁くような声で言う。 「送る送る」 美作さんが苦笑しながら頷いた。 「よっし」 小さくガッツポーズ。まあこれも、峯岸なりに寂しさを払拭するための行為なのだろう、多分。 それじゃあね、と言って美作さんは駅へ向かっていった。その背中が消えるまで、見送り、大きく息を吐く。 「……行っちゃったね」 横で峯岸がぽつりと呟いた。小さく頷く。 「……三島、二階どうするの?」 言われて二階を見上げる。一部屋空き室になってしまった。 「……とりあず、しばらくおいとく」 あの部屋に他の誰かをいれる気にはしばらくならない。 「ん」 峯岸が小さく頷いた。 それから、 「まあ、元気出して! 三島には、あたしがいるからさ」 ぽんっと、私の背中を叩いていった。 「どうもありがとう」 苦笑しながら頷く。 さて店に戻ろうときびすを返し、峯岸もなんの躊躇いもなく私のあとに続いた。 「お荷物でーす」 と二つのダンボールを渡されたのは、美作さんが引っ越してから数週間後だった。 「はーい」 それを受け取り、判子を押していると、 「いやぁぁぁ」 悲鳴が上から降って来た。 どたどたどたどたと、足音もする。 店の横、外階段を転げ落ちるようにして、降りて来たのは勿論、峯岸。 それから、階段の横にとめてあった、小さなタイヤの自転車に跨がると、 「遅刻するぅぅぅ」 悲鳴をあげながら消えていった。朝から賑やかな子。 宅配の人が驚いたような顔をしている。 「すみません、賑やかで」 「あ、いえ」 届いた荷物を確認する。差出人は、美作さんだった。 一つはクール便だったので、少し悩んでから入り口に「すぐに戻ります」のプレートをかけて、二階の部屋に行く。自分の家の冷蔵庫にいれた。 品名、明太子。今日の夜は、峯岸を家に呼ぼう。 店に戻ってもう一つのダンボールを開ける。見慣れたアクセサリーたちが、はやく並べて、と私を見ていた。 |