翌日、透史が教室のドアをあけても、窓際にはその黒い姿はなかった。絶対にくると思ったのに。言葉は届かないのだろうか、落胆する。 「おはー」 「おはよ」 今井に挨拶する。 来ないつもりだろうか。 「おっはー、二人ともー!」 いつものテンションで弥生がはいってきた。 「おはよ、弥生」 「おはー、弥生ちゃん」 弥生は後ろのミスの机を見て、 「結局ミスは来てないの?」 みたいだな、と頷く。 「なんだー」 不満そうに弥生が唇を尖らした時、 「あ」 がらり、と派手な音を立ててドアが開いた。 「ミス……」 今井が呟く。 けれども、透史はそれを気にせず、 「おはよう」 声をかける。席にたどり着いたところの彼女は、睨むようにこちらを見てくる。 「こわっ」 今井が小声で言った。 「おはよう、美実」 もう一度、名前付きで声をかける。 それにクラスが少しざわつく。 「美実っておまえなんだそれ」 皆を代表して今井がつっこむ。 美実は透史を見ると、苦虫をかみつぶしたような顔をして、 「……おはよう」 渋々と口にした。 そのまますとん、と席に着くと、頬杖をついて窓の外を睨む。 いつも真横に引かれた美実の唇が少しゆがむ。ただ、口角はあがるのではなく、さがった。 まあ、今はそれでもいいさ、と思う。美実が教室で表情を見せるのならばそれでも。これまでの無表情の仮面を捨て去ってくれるのならば。 事実、 「おお、あのミスがなんか怒ったぞ。あの顔もなかなかそそるなあ」 なんて、今井が言っているし。 美実の表情の変化は教室に少しのざわめきを与える。それは決して、悪いものではなかった。 ちらり、と美実がこちらに視線をやる。透史と目が合うと、ふぃっとあからさまに逸らした。その白い肌に赤みがさした気がするのは、きっと気のせいじゃない。 透史は悪戯の結果を見る子どものように、にやにやと笑った。その横で弥生が盛大にあっかんべーをした。 |