第二章 妹と同居人


 一海円が車に戻ると、神山隆二が電話をしているところだった。後部座席にだらけた感じで座ってる。
「ん、終わった。怪我してないってば」
 どこか呆れたような口調。
 それにしても、この男は、彼女との電話の時だけ、やたらと優しそうな顔をしている。気づいていないだろうけど。
 邪魔をしないように黙って、運転席に乗り込む。刀に軽く触れ、呪文を唱えると、刀は消えた。でも、それは見た目だけ。円の指先には、確かに刀がある。
 透明になった刀を助手席に置く。職質をかけられたところで、最終的には家の力でなかったことにできるが、それでも面倒ごとは避けたい。
 ドライビングシューズに履き替えると、大きく伸びをした。あー、疲れた。今日はさくっと片がついた方だが。
 後ろの隆二の相槌だけが聞こえる。電話の向こうの彼女は、またガーっと喋っているのだろう。
 円もケータイを確認すると、メッセージが一通。
「今晩空いてますか?」
 差出人は巽翔。時刻は数分前だった。
「ごめん、仕事」
 ちょっと悩んでから、
「明日はたぶん大丈夫」
 そう付け足すと、
「空けます」
 と直ぐに返ってきた。
 その言い方に少し笑う。実に彼らしい。
「もう帰るから。ここから、四十分ぐらい?」
 隆二がそう言って、顔を上げた。バックミラー越しに目があったので、軽く頷いた。
「あー、ちょっと待って」
 隆二はケータイを少し耳から離すと、
「真緒達、ファミレスに入るところだって」
「じゃあ、そこ行きましょうか。どこのお店?」
 隆二が聞き出した店を、ナビに入力する。
「はいはい。じゃあ後でな。大道寺さんに迷惑かけんなよ」
 そう言って隆二が通話を終える。それを見届けてから、
「神山さん、これ、今回の報酬」
 現金の入った封筒を渡す。
「どーも」
 隆二は封筒を受け取ると、そのまま乱雑にズボンのポケットにしまった。そこそこ厚さがあるのに、適当過ぎるだろ。
「数えないの?」
「あんたがそこで、嘘はつかないだろ」
 欠伸をしながら彼が言う。信頼されてるのか、なんなのか。
「ついたら起こして」
 そして、そのまま、だるそうに目を閉じた。
 肩をすくめることで返事をすると、エンジンをかける。
 この男が、自分が運転する車で本気で寝ることはない。そこまで自分を信用はしていない。
 それは、よくわかっている。