お叱りの儀式が一段落し、ついでに食事も終えた円は隆二を探して、一海の屋敷を歩いた。食事に誘ったが、食べる必要はないと断られてしまったのだ。 「あら、ここにいた」 縁側に腰をかけ、ぼーっと庭を眺めているところだった。 「真緒ちゃん、寝ちゃったの?」 隆二の膝に頭を乗せ、目を閉じている真緒の顔を覗き込む。 「ああ、自由人だろ?」 呆れたように隆二が言う。だが、手はうらはらに優しく、その髪を撫でていた。 「神山さんが心配だって、昨日あんまり寝てなかったって、沙耶言ってたからね」 「そうか。……悪いことしたな」 申し訳なさそうな顔をする。そんな顔も、できるとは。 円はその隣に腰を下ろす。 「そういえば、考えてたんだが」 「何を?」 「死にたいって思ったことあるのか、っていう話」 意外な返答に、少し目を見開く。色々あったのに、まだ考えていたのか。 「死にたいというか、消えたいと思ったことはある。不死の身の上を呪ったことは数え切れない。人間に、戻りたいと思ったことも。だけど」 優しく微笑み、真緒の頬を撫でる。 「この体になってから手に入れたものも多いんだ。だから、全部まとめて否定したくはない」 だから、と彼は続けた。 「少なくとも今は、死にたいと思ってないし、不死を呪いたいわけじゃない」 この人はたまに、変なところで真面目だ。失礼なことを聞いたのだから、真剣に考えてくれなくてもよかったのに。 「いやねぇ、知ってるわよ、今そんなこと考えてないことぐらい。早く家に帰りたい仲間じゃないの」 おどけてそう言うと、そうだったと隆二も笑った。 「無事に帰って百点満点、だな」 「そうよ。あなたの過去は知らないけど、今は帰る場所があるのを、私は知ってる」 隆二はどこか照れたような顔をして、帰る場所である少女の顔に視線を移した。 それから、 「ああ、そうだ。さっきの黒幕のことなんだが、まだ真緒には言わないでもらえるか? タイミングを見て、俺から言う」 「言うつもりはあるのね?」 「ああ」 「なら、わかった」 隠すつもりがないのならば、時期を選ぶ権利ぐらい彼にあるはずだ。 「あれは、あなたのお知り合いってことよね? あなたを作った、研究所?」 「ああ。そこにいる一条の人間は、また別角度でいろいろあって」 隆二の視線が、真緒の右腕に一瞬移る。それでなんとなく、察した。 「いろいろあるってことね。了解。なんかもし、知ってた方が良さそうなことがあったら、差し支えない範囲で教えて」 庭のハナミズキに視線を移しながら、答える。今は花は咲いていない。 「意外だな。全部説明しなさい、とか言われるかと思った」 「必要性があることなら、神山さんはちゃんと教えてくれるでしょ? そうじゃないなら、無理してまで聞く気はないし、聞きたくもない」 ははっと楽しそうな笑い声がして、視線を隣に向ける。なんだかやたらと嬉しそうに、隆二が口元を片手で押さえていた。 「え、何、その反応」 「いや、あんたも大概ひとでなしだな。聞きたくもないっていうのは、余計なことだと思うぞ。なあ、」 そこで隆二は、にやりと笑う。 「円さん?」 揶揄するように名前を呼ばれて、不覚にも一瞬どきりとした。 「……急に名前呼ぶの、やめてくれない? ってか、さん付けなんだ?」 「依頼主だから」 「ああ、そう」 今、名前を呼んだのは、狙ってやったのだろう。ひとの心の機微に疎そうな顔をして、嫌な男。 でも、相手がひとでなしであっても、自分のパートナーであることには、かわらない。 「よろしくね、相棒」 顔を覗き込むと、微笑む。 「相棒?」 「大体、そんなもんでしょう? 世界を守って、元の場所に帰る。その点だけでは、誰よりも信頼できる相棒。今回の壺の一件では、お互いに因縁もあるしね」 円には子供のことか、隆二には一条のことが。 「なるほど」 意外そうな顔をして円の発言を聞いていた隆二だったが、すべてを聞き終わると深く頷いた。 「このことで、円さん以上に信頼できる相棒はいないな」 「でしょ?」 円は右手を握りこぶしにして、隆二の方に差し出した。 それに隆二が、同じように拳をこつんと合わせてくる。 「よろしく」 「こちらこそ」 |